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田中幹夫のちょっと一息

24年前初めてネパールを旅したときのまったりした時間を思い出す。利賀に住み、自然に向かい、そばを打つ。そんなゆっくりした時間がいい。ネパールでのひとときのように。ちょっと一息入れましょう。人が好き!南砺が好き!利他の心でまちづくり!「吾唯知足」「知足利他」

どんぐりほいくえん

2014年04月04日
今日南砺市立福光どんぐり保育園が竣工式を迎えた。
広瀬、南蟹谷、石黒、福光の4つの保育園を統合しひとつとなった。
4自治振興会の皆さんや地権者の皆さん、保護者の皆さんを始め関係の皆さんにはご理解を頂き、心より感謝申し上げたい。

旧福光町内の11の保育園を3つに統合する計画で進めてきている。これで2園が竣工。
残りは吉江、山田、北山田地域の駅東側で建設予定で進めている。

市内では旧福光、井波、福野で統合を進めてきている。
保育園の老朽化、耐震化、子どもの減少と多様化する保育ニーズに対応するために進めている。

福光どんぐり保育園にも「子育て支援センターにこにこ」が併設している。
延長保育 午後7時まで
乳児保育 満3ヶ月から可能
土曜保育 
休日保育 日曜日、祝日に満1歳以上の入園児
病後時保育
一時預かり
等のサービスを拡充した。

また、本年四月から第三子以降の保育料を無料化し、さらに子育て支援の充実を図った。

今日はすくすく育つ子ども達の笑顔を見、保護者の皆さんのお顔を見て。本当に竣工して良かったと思った朝だった。

麹関係者の皆さんにも最後まで立派に竣工頂いたお礼を申し上げたい。





オリンピック応援団長の米寿を祝う

2014年04月17日
すごいメンバーが発起人や賛同者に名を連ねる招待状が届いたのは二ヶ月以上前の事だった。
山田直稔氏の米寿を祝う会の招待状だ。
山田さんとは オリンピック応援団長で有名。メキシコオリンピックから52年間オリンピックかいじょうに出かけ応援している。国旗とユニークな帽子と衣装は有名だ。
相撲界でも有名で向こう正面に必ずいらっしゃる。南砺市井波のお生まれ。

発起人代表に 綿貫民輔元衆議院議長
       森 嘉朗元首相
       大村 崑さん。
賛同者    安倍晋三首相、石原慎太郎氏、
       ジュディ・オングさん、松岡修造さん、
       谷亮子さん、橋本聖子さん等有名人が
       づらり。

そして山田さんの誕生日4月16日に帝国ホテルで開催された。
出身地の市長として祝辞を仰せつかっており、緊張の中会場へ。
だいたい帝国ホテルにくる事すらあまりない私。

森 嘉朗先生の挨拶から始まった。


そして和泉元彌さんら和泉流宗家の皆さんによる狂言。


そして参議院議員 山東昭子先生。そして私。富山県人会会長と三名の祝辞。


目の前には綿貫先生。野村克也氏。竜虎。宮原レスリング金メダリスト。等各界各層300名を超える招待者。
遅れて徳光和夫アナ。司会は元日本テレビの松永さん。





鏡割りのあと綿貫先生の乾杯で祝賀ムードも最高潮。
山田さんの顔の広さ、ネットワークのすごさに驚きながらの楽しいお祝い会だった

お義母さん

2014年04月27日
21日東京出張中の朝。
妻からの電話で事に重大さに驚くが何もできないまま。
そして急遽手術をし、落ち着いたとの事でほっとしていたが、明朝再度危篤の連絡。
朝の飛行機で帰り、病院へお見舞いに行く予定でいたが。空港に降り立ち携帯の電源を入れるや否や急逝の文字が目に入った。

妻の母 和子 72歳。
内孫3人、外孫3人を可愛がってくれた。
私の選挙の時もづーっと心配して、選挙事務所で裏方の仕事を。
大変心配をかけた親不孝ものだが、づーっと一貫私のよき理解者でもあった。
いつも笑いながらそっと背中を押してくれた。お義母さん。

この14日に腹痛により体調を崩し、黒部市民病院を受診。S状結腸憩室穿孔症と診断され手術。
その後病院内を歩き、退院に向けて自分なりに体力保持を考えるまで回復。
しかしながら21日に再度危険な状態に。急遽人工肛門への緊急手術。
一時病状は落ち着いたものの笑顔が戻る事なく22日午前10時35分多臓器不全で死亡。

もともと14日の手術は軽いものとして心配かけたくないと余計な判断で、私たち夫婦には知らされず。21日朝初めて状況を知ったのだ。21日に知って22日朝別れなくてはならないなんて。。

後悔先にたたず。人生とはこんなものかもしれない。と妻を慰めながら。少し無責任な事も言っては見たが。。。
新居で泊まるを楽しみにしていた義母さん。
秋に私の長女の結婚式に出るのを本当に楽しみにしていた義母さん。
家の前から見える新黒部駅。新幹線に乗って旅行がしたいといつも言っていた義母さん。
内孫の成長に目お細めて私たちに話していたお義母さん。

安らかにお休み下さい。
ありがとう。

また、たくさんの皆さんにご心配をおかけしました。
お通夜、葬儀に遠い所から本当に多くの皆さんにお参りを頂き、なんと言って御礼を言っていいかわからない。本当に皆さんありがとうございました。

浄土真宗の御文章です。

「白骨の御文章(ごぶんしょう)」一部抜粋
 いまだ萬歳(まんざい)の人身(にんじん)をうけたりという事を聞かず。一生すぎやすし。今に至りて誰か百年の形体(ぎょうたい)[5]を保つべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、遅れ先立つ人は、元のしずく、末の露(つゆ)より繁し[6]と言えり。
されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて夕(ゆうべ)には白骨(はっこつ)となれる身なり。すでに[7]無常の風きたりぬれば、即ち二つの眼たちまちに閉じ、一つの息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李(とうり)の装いを失いぬるときは、六親眷属(ろくしんけんぞく)あつまりて嘆き悲しめども、さらにその甲斐あるべからず。

「意訳」
いまだ一万年の寿命を授かった人がいたなんてことを聞いた事がありません。人の生涯は過ぎ去りやすいものです。今までに誰が百年の肉体を保ったでしょうか。〔人の死とは、〕私が先なのか、人が先なのか、今日かもしれないし、明日かもしれない、人より後であろうが先であろうが、草木の根元に雫が滴るよりも、葉先の露が散るよりも多いといえます。
それゆえに、朝には血色の良い顔をしていても、夕には白骨となる身であります。もはや無常の風が吹いてしまえば、即座に眼を閉じ、一つの息が永く絶えてしまえば、血色の良い顔がむなしく変わってしまい、桃やすもものような美しい姿を失ってしまえば、一切の親族・親戚が集まって嘆き悲しんでも、どうする事もできない。
作者 : 田中幹夫

南砺市長。 人が好き。南砺が好き。企業・利賀村役場職員を経て南砺市議会議員。そして2008年2代目「南砺市長」当選。53歳 市政・地域おこし・まちづくり・グリーンツーリズム・スキー・そば・ネパールなど様々な話題を提供します。南砺市利賀村で母、妻、長女(看護師)、長男(大3)、次女(大1)家族。

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