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田中幹夫のちょっと一息

24年前初めてネパールを旅したときのまったりした時間を思い出す。利賀に住み、自然に向かい、そばを打つ。そんなゆっくりした時間がいい。ネパールでのひとときのように。ちょっと一息入れましょう。人が好き!南砺が好き!利他の心でまちづくり!「吾唯知足」「知足利他」

南砺市の誕生日 11月1日 10歳

2013年11月01日
今日は南砺市の誕生日。
例年市功労表彰式を執り行っている。
今日は午前中滑川市市政60周年記念式典があったためそこに出席し、午後から功労表彰式を行なった。

な滑川市は名誉市民に全日本レスリング協会会長へ。また80組を超える記念表彰。途中で退席失礼しました。

南砺市の功労者は10個人三団体に。
今南砺市があるのも皆さんのお陰。そして今後の発展にも是非ご指導を願いたいとお願いした。永年の御労苦に心より敬意と感謝を申し上げた。




市公式HP 詳しくはこちら。

ローカルサミット上州・南相馬 ラスト

2013年11月04日
高崎へ行って来た。第六回ローカルサミット上州・南相馬の最終高崎セッションに参加した。
毎回多くの人と出会い。多くの知恵とパワーと勇気を頂く。
そして強靭なネットワークが更に広がっていく。新たな運動とかではなく。ごく自然で、今やるべき事を語り合う。実践者の話を聞く。それぞれが考え行動に繋げる。

ローカルサミットの歴史は
2008年 北海道帯広市 洞爺湖サミットの年
2009年 愛媛県宇和島
2010年 神奈川県小田原市
2011年 富山県南砺市
2102年 鹿児島県阿久根市
2013年 群馬県(上野村 桐生 中之条 川場 高崎)・福島県南相馬

毎年その時、その土地での課題も含めローカルにこだわり、探り、まちづくりアクションに繋げていく。

今年は(HPより抜粋)
「ローカルの自然や人との関わり、長年培われ、伝承してきたものづくり。あるいは、それら生活の中に埋没しつつあったものを、新しい価値観やコンセプトで息を吹き帰らせるアートの力。また、まちの血流を良くする取り組み。そうしたこれまで一見非効率だと扱われてきたものの中に、持続可能な社会のあり方を見いだせるヒントがあると考えます。
それは、将来に対する確かな希望であり、こうしたことを楽しんでいる大人の背中が子ども達にも希望を与えるはずです。
一方で、もっと身近な地域の課題に対しては、なかなか対策が見いだせずにいます。地域の課題を具体的に解決しうる方策を見つけていく過程を全国の仲間とともに検証することがこのセッションに求められています。
ローカルとの向き合い方=空間軸・時間軸の中で自分をどんなポジションに置くべきか、を自らに問いかけ、アクションにつなげる。行政、市民の枠を超えて議論し合い、次につながる力を持ち帰ることができるサミットといたします。」

2日11時集合。早速分科会が始まる。
今回は ローカルのためのグローバル分科会
地域のお金分科会
地域のエネルギー分科会
食の農分科会
震災からの復興分科会
新しいまつりごと分科会
アートとまちづくり分科会

私は地域とエネルギー分科会のコメンテーター。
この分科会には地方で発電事業や笑エネな暮らしの実践者。エコハウス建築家。エネルギーから経済を考える形成者ネットワーク代表、そして一般参加者。
ワークショップ形式で仮想群馬パワーを作るにはどんな課題があり、どう乗り切るか等話し合った。それぞれの地域で抱える課題だ。
多くの学びと新しい知恵を頂いた。なんといっても私の悩みも複数解決されそうだ。

そして夜は大交流会。
カフェで盛り上がる。地元高崎市長さん。一日参加の福田達夫代議士(福田康夫元総理ご子息)、阿久根市長さんを始め多くの同志と楽しく懇談。南砺市からも職員職員8人。と私。川合声一さん。佐々木棟梁らが参加した。

私にとって念願だった高崎田町屋台村デビューも果たした。地域活性化策として今回の実行委員の皆さんメンバーが取り組んだ屋台村だ。大盛況だった。

二日目はフィールドスタディから。昼食は地元の美味しい、美味しいランチ。
そして午後各分科会の発表があり、ローカルサミットトークとしてまとめに入る。
よくよく考えてみると今回のローカルサミットは6週間も行なわれているのだ。
9月上野村からスタートして桐生、中之条、南相馬、川場、高崎と6セッションあった。
よくできたな。と言うのが感想。私は2カ所しか参加していなかったが。
良い意味で「アホ」と言う声が出た。

ステージには吉澤事務総長(南砺市政策参与)、亀田実行委員長(高崎)相馬行胤(相馬家34世)澁澤さん(南相馬)里山資本主義の藻谷浩介さん、小田原鈴廣蒲鉾の鈴木悌介さん、イースクエア木内 孝さん。哲学者内山 節さん、そして南砺市長。僕以外凄いメンバーだ。

まとめの中で心に残った言葉を紹介したい。
日本は
素晴らしい「人」が住んでいる。
素晴らしい「自然」がある。
素晴らしい「歴史」がある。
美味しい「食」文化がある。
世界一の「技術」がある。
こんな成功の5原則があるのに今の日本はなんだ!将来展望が開けてない!
もう「がんばります」とか言うの早めにして、地域で一人一人行動し結果を出していこう。
「結果を出そう「やるっきゃない」「一歩住み出すベー」

経済には良い経済と悪い経済がある。世界では良い経済をGreen Echonomy。悪い経済をMean Echonomyという。Mean EchonomyからGreen Echonomyへ。

福島の復興日本の発展は無い!

地方自治体の計画を考えると5年とか10年の計画では何かを作る計画にしかならない。今重要なのは100年後どうするか?100年後を考えると「何を残すか」ということになるはず。
作る計画から残す計画にすべきだ。

地方に、田舎に伝統的な社会が残っている。そんなローカルの素晴らしい宝に目を向け、磨き上げ、グローバルに発信していくべき。そんな魅力に人は集まる。
地域は若者、子供、父さん母さん、じいちゃんばあちゃん皆で作るべきだ。

何か不気味な世界に今立たされている。グローバルの破綻の引き金を誰かが引くかもしれない。それは日本かもしれない。また、反面誰かがそれを止めてくれるのではといった甘えの構造があるような気がする。

こんな感じでトークは終了。
最後は来年の開催地は高野山。再来年は山形県酒田市に決定し、羽黒山山伏星野さんの法螺貝で幕を閉じた。











この日は大変!

2013年11月09日
実は5日はなかなかハードな一日だったのだ。
石川県知事と富山県知事への道路要望の間に富山ロータリークラブでの卓話が入っていたのだ。

アウェイ感たっぷりの富山経営者前で卓話。
だいぶ前から知り合いの社長さんから頼まれていたもので、北陸新幹線開通に向けて市町村長のお話を聞くと言う事でしたが、結果私が一番はやいようで。

寸前まで何を話そうか悩んだが。
ローカルサミットの内容を含めて地方の活力をどう考え、どう進めるか。
文化振興や今ある素晴らしい地域のものをどう探し、磨き込むか。
結果人が集まってくる。富山の新幹線時代はそうなるべき。
エコビレッジ構想や南砺の取り組みも紹介しました。

また。夕方からは松村謙三先生と周恩来元中国首相との交流から松村先生の御出身地と周先生の原籍値である福光、紹興市の交流が始まって30年を祝う式典に。

紹興市副市長ら市幹部と経済界から経済貿易視察団を南砺にお迎えした。

紹興市も更に広く合併したらしく人口210万人の大都市となった。また、上海からの大橋梁も完成し、40分短縮されるとか。文字通り大商圏、大都市化著しいまちだ。

30年の歴史は中国国内での交流の中でも見本になる交流らしい。

両国は政治、外交の面ではなかなか難しい関係だが、経済、個々の交流、観光文化等の面では関係を維持、深化すべきと考える。
リスクのある国ではあるが、先人達の交流への敬意と感謝を思う気持ちに変わりはない。

こちらからの再訪と今後の交流も約束し無事一日を終えた。





祝 金沢井波線全線完工 そして次は金沢湯涌福光線

2013年11月09日
待ちに待った金沢井波線の最後の大工事「清水田の島トンネル」が4日に竣工した。午後早速走って来た。近い!ものすごく近く感じる。
前後の道路は既に完成し共用開始していたものの、最後の峠越えは狭く、冬期間は事故も多く時間と気を使う道路だった。
これですべて解消。年中快適に金沢南砺間の時間短縮となった。

その日も金沢ナンバーの車が多く見受けられた。
金沢大学キャンパスまで福野からでも30分弱。金沢からだと10分程じゃないだろうか?金沢までさらに近くなった。
新幹線時代に向けて着実に近くなった。

そして次の日の火曜日。今度は次の難関金沢湯涌福光線いわゆる金沢福光連絡道の要望に金沢市長さんらと一緒に谷本石川県知事に要望した。
知事は積極的で県議会議長や重鎮先生に薬草をしておられる。

県境をまたぐ道路は両県共に進まなく手はならないのは当たり前。午後は富山県知事に要望した。費用対効果の問題は大きく、国や県のルールに沿った事業展開をするには様々な検討と両市としても交通量の増加を計る事業展開をしなくてはならない。

ぼんぼり祭りや煙硝の道事業は両市民の取り組みを紹介しながら両市の連携を約束。さらに必要性を高める説明をしなくてはならない。

単にお願い。お願い。ではない。私たちも市民の皆さんと一緒に不退転の決意で地域の元気創りに取り組む姿勢をアピールしなくてはならない。





チューモク・中越鉄鋼協力会「中交会」50周年記念

2013年11月09日
50年。

一言で50年って言っても。企業が50年地域で頑張れると言う事は並大抵の事ではない。
しかも今回の「中交会」はチューモク株式会社と中越鉄鋼株式会社の協力会社の組織だ。
ふたつの企業が地元の企業とともに大きな信頼関係の中で共に発展して来た証ということ。
素晴らしく目出たい式典だと心から思う。
式典では会長の朝山さんの挨拶。そして両社の澤田社長、西村社長の挨拶。
シューモクは昭和22年。木材生産会社から木造建築。そして昭和38年からは鉄鋼建築部門として中越鉄鋼が設立された。戦後の地域開発、発展に大きなご尽力を頂いた。その協力会社も約100社あるという。
社員、株主、そして協力会社、地域のために企業が知恵と汗を搾る。素晴らしい形である。

世界には良い会社と悪い会社がある。まさに今日お集りの会社は良い会社。世界ではGreen Echonomyというらしい。参考までに悪い会社とはMean Echonomyという。

大変厳しい時代だが素晴らしい成果を期待している。
今日は堂故参議院議員、武田県議も出席された。

西村会長による富山県の木材状況についての講演もいろいろ勉強させられた。

祝賀会のステージも凄かった。
福光めでた。
北野式年太鼓
ハワイアン生バンド付きでフラダンス。
Gワールド。

等々。素晴らしい。




神口さんって凄い人だよ。

2013年11月09日
城端地域の子供達のスポーツ&文化活動をサポートする基金として多額のご寄付頂いた神口さんに紺綬褒章が授与され、今日は地元の皆さんと関係者の皆さんで祝賀会。
私もお招き頂き出席して来ました。
小さな会場ですが、素晴らしい心のこもったお・も・て・な・し。
水車の会の皆さんの手料理、鯛の骨酒、踊り、歌、抽選会有りの楽しい祝賀会でした。
この神口さん。実は常に先を見ることのできる素晴らしい起業家。
食品会社を経て、県内へのコンビニ展開、北陸地方へコインランドリー展開する等。

そしてなんと地球上のすべての国へ行く事が夢と実践中なんです。
現在160カ国制覇。のこり50ヶ国弱。これからはビザが発行されにくい。または危険な国となります。でも最後まで成し遂げると頑張っておられます。
現在70歳。まだまだ盛り上がってます。

次はメガソーラーということで婦中町に壮大な用地を準備しソーラー発電所が着工されました。

本当に活動的でいつまでも活動的な神口さんです。
段取りをすべてして頂いた松本さん。最後は私に以前対談させて頂いた横綱白鵬関の浴衣生地を頂き有り難うございました。

写真は神口さんご夫妻で黒田節で私たちを歓迎して下さいました。
大きな鯛の骨酒。
そして横綱白鵬関の浴衣生地。すぐに仕立てます。





平高校郷土芸能部の五箇山民謡素晴らしい!

2013年11月10日
庭野日敬先生の提唱で始まった「明るい社会づくり運動砺波圏民会議創立40周年記念大会」に行って来た。
堀田理事長のもと役員の皆さん。実行委員会の皆さん。のご苦労で素晴らしい大会だった。
会場には中学生の顔が多く記念事業は平高校郷土芸能部の五箇山民謡。若いみんなに郷土民謡部のみんなの素晴らしい演技が何か大きなものを注入した気がした。

挨拶をさせてもらった。
高校生が演ずる五箇山民謡を見てどう思ったか?何か郷土の誇らしさに繋がってほしい。また、地域の子供達の立派な演技に大人はどう思ったか?
ローカルサミット南相馬で感じた事。
今の我々の地域社会において社会教育や明るい社会づくり運動等は様々な人と人の関係を優しく、思いやりの有る関係にする大事なものだと。

40年の間、先人の諸先輩方に感謝し、更なる未来への大きなステップとなって欲しい。

平高校郷土芸能部の1、2年生の演技は素晴らしかった。誇らしい気分。
今日観ていた中学生には是非平高校に行って入部してほしい。

明るい社会づくり運動の公式サイト






インド アジャンタ・エローラ石窟群とナント

2013年11月20日
夏物のズボン、ジャケットを引っ張り出してインドへ行ってきた。
初インド。ネパールには10回以上訪問していたのでインド ムンバイの雑踏には驚く事も無かったが。
台頭が著しい新興経済発展のBRICs ( ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)、南アフリカ共和国(South Africa)5ヶ国。)インドの高級住宅とスラム街の混在とカースト制の国とはいえ人々の貧富の差が日常の暮らしに見える国。
第一印象は「不思議な国」。
今回北日本新聞社さんのお世話になり富山インド協会の訪問団として参加した。
富山県の経済界の皆さん。富山市長、中川県議さんらと共に総勢12名の訪問団。

詳しくはどこかで紹介するが。今日は我々が行って来たアジャンタ石窟とエローラ石窟とナントの不思議な縁について紹介する。

先ずはインドを訪れる前に読んでいた奥野福光美術館長のブログを紹介しよう。

ブログの抜粋
 福光美術館の館長室に、
 一枚の額が懸けられている。
 日本を代表する仏画家、荒井寛方の描いた
 雲龍の図である。

 土生新の実家の座敷に
 物心ついたころから飾ってあった一幅である。
 これを見て育ち、こんにちに至る。
 いまも飽かずに眺められる幸せ。

 荒井寛方は、明治11年、栃木県の氏家町に生まれる。
 上京し、浮世絵の大家水野年方に弟子入り。
 鏑木清方は兄弟弟子。

 30歳で文展の賞を
 毎年受賞。石崎光瑤さんの若いころみたい。
 大正5〜6年、インドの詩聖タゴールに招かれ、
 2年間、インドのタゴール大学で
 絵画を教える傍ら、アジャンタ石窟を模写。
 タゴールはアジア初のノーベル文学賞を受けた。
 このとき、花鳥画家の光瑤と
 インドの写生旅行を一緒に続けた。
 帰国後に、「ぜひ、一献傾けたい」
 という手紙が残っている。

 (中略)

 南砺市(福光)山本の出身の河合家へ
 寛方の愛娘、照子がお嫁入りしていた。
 戦時中は山本の実家へ疎開、身重だった。
 (すぐ近所に棟方志功も疎開していた)

 (続く)

館長のブログ全文はこちら。。。


お解りだろうか?
南砺市福光出身の花鳥画家 石崎光瑤と共にアジャンタを訪れていた日本を代表する仏画家 荒井寛方。
そして寛方の愛娘が福光に嫁入りしていたのだ。

今回はそんな想いをこめてアジャンタとエローラの石窟群を実際見て来た。

アジャンタ、エローラはすごい。仏教の原点であり、人間の力には驚かされた。
世界遺産 アジャンタ・エローラ石窟群を皆さんにも知って頂きたくて。


ちなみに石崎 光瑶と棟方 志功は福光美術館でご覧下さい。


石崎 光瑶
いしざき こうよう
明治17年(1884)〜昭和22年(1947) 
富山県南砺市(福光町)に生まれる。本名猪四一(ししいち)。明治29年(1896)に東京で琳派の山本光一に師事,同36年京都の竹内栖鳳に入門する。大正元年(1912)第6回文展に《薫園》が初入選,以後文展・帝展に出品を続ける。同7年(1918)第12回文展で《熱国妍春》が,翌年第1回帝展で《燦雨》が特選となった。同5〜6(1916-7)年インド外遊、同11〜12(1922-3)年には欧州に外遊している。そして昭和8(1933)年にはインド再遊を果たし、その成果を活かして高野山金剛峯寺貴賓室襖絵を制作している。大正14年(1925)から昭和20年(1945)まで京都市立絵画専門学校の教員をつとめた。

















作者 : 田中幹夫

南砺市長。 人が好き。南砺が好き。企業・利賀村役場職員を経て南砺市議会議員。そして2008年2代目「南砺市長」当選。53歳 市政・地域おこし・まちづくり・グリーンツーリズム・スキー・そば・ネパールなど様々な話題を提供します。南砺市利賀村で母、妻、長女(看護師)、長男(大3)、次女(大1)家族。

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