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田中幹夫のちょっと一息

24年前初めてネパールを旅したときのまったりした時間を思い出す。利賀に住み、自然に向かい、そばを打つ。そんなゆっくりした時間がいい。ネパールでのひとときのように。ちょっと一息入れましょう。人が好き!南砺が好き!利他の心でまちづくり!「吾唯知足」「知足利他」

金沢・南砺ゆかりの集い

2012年02月05日
今日の午後は金沢にて「金沢・南砺ゆかりの集い」に。
福光時代から今年で20回め。
たくさんの両市関係者に集まって頂いた。
今年の実行委員長は綿貫元衆議院議長。(南砺名誉市民、新婚生活は金沢だった)

先ずは記念講演。
奥野福光美術館長の「鈴木大拙と南砺市の深い繋がり」

これはいい話だった。金沢との繋がりは更に広がり、深くなる。

上野村に集まる新たな多数派

2012年02月05日
初めて群馬県上野村へ向かった。
4日から「第四回上野村シンポジウム」に参加する。
 〜新たな多数派の形成をめざす〜

テーマは
新しい産業は懐かしさから
上野村は行動する
地域文化が未来をつくる
エネルギーを自分の手に
環境と向き合う視座
一次産業が切り拓く未来
集いが地域をつくる
体という自然に学ぶ
原発事故と向き合う
自然から価値をつくる
都市との農山村の垣根をはずす


長野市から二時間ちょっと。上野村は寒いが真っ青の青空だった。
昼食会場のそば屋には昨年の9月に利賀で開催のローカルサミットで顔を見た面々が集まってきた。懐かしい顔、南砺からの参加もあった。

午後一時から150人ほど集まった小学校の音楽室でパネルディスカッション。40年前から上野村と東京で2居住生活を送る哲学者 内山 節さんのコーディネートとこれまた豪華なパネラー。


会場にも総雄たる面々が。私もパネラーとして参加。

その後分科会。
わたしのテーマは「地域文化が未来をつくる」
10人くらいの方に集まって頂いて楽しいひとときでした。

午後7時からは交流会。郷土料理とどんど焼きで更に多くの方々と繋がりました。


上野村村長さん、藻谷さんらと。



北陸広域観光チャンネルネット構想準備会

2012年02月06日
ホワイトスペースを利用したICTを利用したあらたな事業が立ち上がった。
北陸新幹線開通を見越して、金沢駅でデジタルサイネージ(電子看板)によって気づいてもらい。
ワンセグやフルセグで確認。
WI-FIで調べてもらう。
そんな観光情報を発信する事業だ。

金沢駅周辺のホテルの部屋テレビでも南砺や珠洲市、金沢市の観光情報を発信できる。

南砺市で取り組んでいるホワイトスペースを活用したものだ。

ホワイトスペースは地デジでの空きスペース利用したサービス還元の技術なんだ。

市政懇談会始まる

2012年02月08日
今年の市政懇談会が6日福野から始まった。
6日  19:00福野
8日  19:00井波
9日  19:00福光
12日 9:00上平 13:30平
14日 19:00城端
27日 19:00利賀
29日 19:00井口

主な内容は
総合計画後期計画(案)
まちづくり基本条例(案)
説明と意見を頂くもの。

特にまちづくり基本条例についてはパブリックコメントを行なっている。

多くの皆さんに条例案を見ていろいろな意見をお聞きしたい。

今回の協働のまちづくり基本条例は自民クラブと共産党から修正案が出されており。市民の注目度も高い。

21年に協働のまちづくりワーキングを立ち上げ22年度から45人の公募市民会議の皆さんに素案をつくって頂き、同時に20名からなる20名の策定委員会の皆さんに熱心に作り上げて頂いた。

市民会議と策定委員会の皆さんの努力の成果だ。

市民、行政、議会、自治組織、他団体の関わりを明確化。
行政の情報公開等により信頼感を高める。
住民投票等が条文化されている。

3月定例会に上程予定で議会とも事前協議を進めていく。
情報公開により信頼関係を高め、市民目線、主権者市民主役のまちづくりのための大切な条例だ。

我々の仕組みをかえながら時代にあった行政運営をしていきたい。

B&G全国サミットへ

2012年02月08日
ブルーシー&グリーンランド財団、日本財団やモーターボート関係団体の皆さんと全国の多くの首長らが東京に集合し全国サミットが行なわれ参加した。
日本財団の笹川会長の基調講演は毎回楽しみにしている。
今回は東日本大震災支援。そして日本財団としての行動。阪神淡路大震災から各国28回の大災害支援のノウハウの蓄積はすごいものだ。
政府とは正反対の活動だ。




多くの市町村長が集まり、なつかし顔や、滅多に会えない首長さんにもお会することも楽しみになっている。
今年は特に被災地首長さんからの報告や支援市町村長さんからの報告もあり有意義な会となった。
もうすぐ一年が経とうとしているが東日本大震災はその記憶を薄くしてはいけない。

南砺では福光での雪明かり祭りには南相馬から。とがそば祭りには郡山から被災地の子ども達が来てくれる。

南砺の冬は楽し!

2012年02月12日
10日に始まった利賀そば祭り。
韓国平昌郡の李郡守ら一行30数名が来日。
武蔵野市長初め武蔵野市議会ご一行20名が。
そば祭りに会わせて来市。盛大に開会した。
全国からのそば打ち名人も集結。被災地である福島からも多くのそば打ちの皆さんが集まった。

恒例の花火やスノーウエディングも大盛り上がり。





福光では雪あかりまつり。大紙風船が青空に舞い上がった。
南相馬市の鹿島中学校美術部の皆さんに描かれた大紙風船もあり南相馬から9名の中学生が来市。交流を深めた。
(写真は後日)

井波ではアイスフェス。氷の彫刻も。



昨夜はそば祭り会場でワンコインパーティー。
スタッフ、ボランティア、出演者で大盛り上がり。


全国から毎年集まって来る。このパワーがうれしい。

南砺の冬は元気だ。来週は五箇山こきりこ味まつり。

作家 吉田修一さん

2012年02月19日
芥川賞作家 吉田修一さん(ちなみに今年の受賞者は変に話題になってますが。。。)に南砺に来て頂きました。
実は市長になってすぐ、全日空機内誌「翼の大国」の旅のエッセイを読んで吉田さんにはまり、吉田作品読みまくりました。そこから始まった縁がものすごい偶然の重なりで今回の南砺訪問に繋がったんです。

それはまずブータン繋がりのライター田中俊恵さん(ぎりぎりの妹と言ってますが田中つながりで、、)から始まります。その田中さんが吉田さんの親友(吉田さんの芥川賞受賞後のインタビューで「コメントがつまらない」と言った事から始まったらしい。)だった事から一昨年柴田錬三郎賞受賞祝賀パーティー二次会に同行、乱入し、初めて吉田さんにお会いしたのです。
あつかましくも「南砺に来て下さい。そして南砺を舞台にしたエッセイや小説を書いて下さい」と懇願しました。(私はノベルズコミッションと言ってますが)
そして今回、この冬一番の大雪の日に田中さんのおかげで叶いました。私の野望に一歩近づいたような。。。縁の広がりに感謝をしています。

昨晩もいろいろお話しました。普段の私には感じなかったことばかり。
南砺の素晴らしき景色、自然、文化、人をビジュアルブック(写真とエッセイで南砺を紹介する本)にまとめ、市民の皆さんにふるさと南砺を誇りに思ってもらい。同時に世界に発信していきたいと進めています。吉田さんにも参画頂きますが、現在作成中のビジュアルブックは写真家広川泰士さんに南砺を撮ってもらってます。その構成、文は前出のフリーライター田中俊恵さん(2月28日に新刊 が発刊されます)。完成が楽しみです。
ちなみに2月22日に福光会館でその田中さんの講演会が催されます。内容はクリエーターから見た南砺の良さ、、、、だったかな? 市民の皆さん是非お越し下さい。

住んでいる自分たちには忘れかけていた「ふるさとの良さ」を思い出し、ブラッシュアップして世界に伝えるそんな事が今大切なんだと思います。久しぶりに長く書き込みました。やります。

ICTで東日本復興支援

2012年02月20日
本日東京に集まったのはICTによる情報発信で東日本復興支援しようとする産官学のメンバー。

先ずは被災後様々な支援を考えた時にさかのぼる、、、、、

南砺市は23年度総務省のホワイトスペース(地デジ化によるアナログの空き領域を利用して映像放送を発信する)実証実験の事業の採択を受けていた。南砺市としては五箇三村は地デジ化により地上波が無くなる地域。そんなところで災害が発生したときにはそのエリアで電波を吹き、ワンセグ放送で受信する仕組みづくりを進めていた。もちろん平時にはそのエリアの観光情報を映像や音、文字で放送する事ができる。
そんな新たな技術を作りあげたいと思って取り組んだのだ。
もちろんインターネットで世界へも発信できる。

そんなICT技術があるのなら今東日本の被災地で使えるものでなくては行けない。そう思い南砺市内にデーターセンターがあるICT企業社長に提言したのだ。早速南相馬市長に会いにいき、手弁当で取り組みを始めてくれた。感激した。

そして総務省も動いてくれた。
南相馬市内の避難所への配信、そして北陸地方への避難者への配信。
企業も助けてくれた。素晴らしいモデルが出来上がった。
南相馬チャンネルだ。しかしながら継続する経費等様々な問題点も発見された。

しかしながら今回「東日本復興支援コンソーシアム設立発起人会」が発足した事は大きな発展だと思う。


その設立趣意書には
世界中に応援の輪を広げるのみならず、人類の歴史においても稀有の災害を体験した現場を世界中の企業や研究者にフィールドとして提供し、世界中の英知、アイディア、技術、資源を南相馬に福島に東北に誘致し、様々な活動や事業を展開してもらい、それを復興の力に、バネにしたいと考えています。そこから世界に通用する、未来に通用する、新しい知見やモデルが創り出される事になれば、被災地が世界に未来に貢献する事ができます。それこそが、発災後に寄せられた世界中からの善意に報いる道であり、被災地の希望の光になるものと信じます。」

南相馬チャンネルから始まった事業だが、東日本全体の被災地に広げる事が今後のミッション。多くの企業、市町村等に関わってほしい。

発起人
南相馬市長
株式会社TBSテレビ社長
日本電気株式会社社長
上智大学教授
佐賀県特別顧問
株式会社アクトビラ社長
「南相馬チャンネル」北陸地域映像提供実験支援協議会会長
株式会社インターネットイニシアチブ社長
南砺市長
株式会社ヨーズマー社長
八木アンテナ株式会社 社長
早稲田大学教授
株式会社ACCESS社長
株式会社ミライト・ホールディングス社長
富士通株式会社社長
株式会社DHC社長

今日から新たに始まる。

マルボロ町へ行ってきました。

2012年02月26日
アメリカ、ニュージャージー州マルボロ町にでかけた。
23日朝出発して26日に帰国するという強行スケジュールでの渡米となった。
マルボロ町との交流は城端町時代に始まり22年目になる。
多くの中学生を相互に送り受け入れており、最近は城端町以外にも福野、福光、井口の子ども達へと市内全域に広がってきている。

現在のシーホック町長の阿お父さんの時代に締結したこともあり、町長も積極的である。

今回は城端時代に締結していた「マルボロ・南砺青少年相互交流協定書」を改めて締結するものだ。











さらに3.11東日本大震災以降すぐに募金活動を行なって頂き、100万を超える多額の寄付を頂き、南相馬市の青少年(コーラス、マーチング、ブラス等)全国大会に出場する子ども達へ支援した。

ところでマルボロとは Marlboro と書き(「Man always remember love because of romance only」の略でありそのセンテンスの頭文字を取っていてそれを直訳すると. 『人は本当の 愛を見つけるために恋をする』と言う意味になる。)
きているらしい。他には豊かな土壌の地との意味もあるそうだ。

タバコのマルボロとはあまり関係はなく。現在はニューヨークで成功したセレブが自宅を持つ高級住宅地となっている。

ヤンキースのジーターの家もあるらしい(見てきた)。

23日14時間かかってNYに到着。時差14時間。出た時間と同じ日の時間に到着するという妙な感覚から始まった。

23日が妙に長い。到着したのが午前中。昼食をとって町役場へ。
町長と懇談後協定書締結式。
庁舎と警察署を視察。さらに町内を視察し、交流会へ。

町長、議長、議員、友好交流協会の皆さんと楽しい時間を過ごしました。

また、庁舎内の置物、協会の皆さんの言葉で城端時代からこの交流の
深さに感激でした。心と心の繋がりがそこにあります。大きな信頼と絆がありました。

次の日は市内視察から中学校を訪問。授業を見させて頂いた。明るい環境で素晴らしい授業をしている。今年南砺を訪れる子ども達とも交流。再会を約束した。



その後ニューヨークへ移動。
セントラルパーク、五番街、タイムズスクエア等を廻ってプチ観光ツアー。本場ジャズの迫力も満喫。





25日朝から帰国。無事時間通りに成田へ。
全日空のクルーは行きと帰りが同じ。何となく気楽にリラックスした感じ。今度はもう一日長くいたい。

素敵な交流を目の当たりにしていろいろ勉強させて頂いた。
作者 : 田中幹夫

南砺市長。 人が好き。南砺が好き。企業・利賀村役場職員を経て南砺市議会議員。そして2008年2代目「南砺市長」当選。53歳 市政・地域おこし・まちづくり・グリーンツーリズム・スキー・そば・ネパールなど様々な話題を提供します。南砺市利賀村で母、妻、長女(看護師)、長男(大3)、次女(大1)家族。

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