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田中幹夫のちょっと一息

24年前初めてネパールを旅したときのまったりした時間を思い出す。利賀に住み、自然に向かい、そばを打つ。そんなゆっくりした時間がいい。ネパールでのひとときのように。ちょっと一息入れましょう。人が好き!南砺が好き!利他の心でまちづくり!「吾唯知足」「知足利他」

南相馬こどものつばさ

2011年08月02日
南相馬のこどもたちを夏休みに自然の中で目一杯遊ばしてやりたいと地元の有志が動き始めたとのニュースを友人から聞いて早速南砺市として取り組みたいと直接打診をしたのが6月初めだったか。。。

その取り組みが8月1日52名の南相馬のこどもたち(親子 おばあちゃんも)が南砺市を訪れた。3泊4日の短い旅だが。目一杯遊んで行ってほしい。

私も顔を出したが元気なこどもたちの笑顔に大きな元気を逆にもらったような気がする。

第二陣は113名が利賀地域に8日から3泊4日で入る。
また、民間の皆さんのご苦労で福島県いわき市からも50名8日に利賀地域に来て頂く。

多くの皆さんのご協力を得て実行できる。本当に感謝だ。






民間企業の支援紹介と支援金を被災地に

2011年08月04日
7月22日の日本経済新聞記事。
南砺市にデーターセンターを置く企業ヨーズマーの取り組み。
5月22日に南相馬市を訪問する前に南砺市で取り組むホワイトスペース事業の災害時の情報発信について今回の大震災で実証した方がいいと提言。社長と共に市南相馬市長室を訪問し説明。事業申請し20日に開局したもの。



コンテンツ製作にはTSTさんにも絶大なご協力を頂いている。

さらに福島の新聞7月31日の朝刊記事。
これは南相馬市のこどもたちが市外にバラバラになり不登校や心のケアに携帯電話を使って声をかけたいが資金がないとのニュースがメールで流れて来た。早速ソフトバンク社に掛け合い。12日に本社を訪問し説明をさせて頂いた。即決で72台無料貸与を決定頂いた。



多くの皆さんのお気持ちに感謝。

さて、市に頂いた義捐金を5日には交流している遠野市、日本椿協会の陸前高田、大船渡両市へお見舞い金を持って行って来ます。
6日には南相馬市へ城端自治振興会の皆さんにも同行頂き支援金、を市に、振興会に、子どもたちの協議会にお渡しをして来ます。
市民の皆さんの想いをしっかり伝えて来ます。

感謝!

東北へ行って来ました。

2011年08月06日
広島原爆の日の今日。三度目の南相馬市へ行って来た。庁舎前には0.65μsv(マイクロシーベルト)の表示板が。まだまだ先が見えない南相馬市。田畑は刈ってはならない草が伸び放題。しかし遠くから見ると緑が綺麗に見えるが実際は全く復興は進んでいない。

今日の報道で広島と長崎の人種差別の言葉が被災者を苦しめた話がでていたが、福島にそんな事があってはならない。

5日と6日市民の皆さんの貴重なお気持ちである義捐金を頂いたものを4市へ支援金としてお渡しして来た。
レポートします。(ちなみに私の写真なので少し足りないかも。後日追加有り)

先ずは陸前高田。
市長さんは青年市長会の同志。奥さんも犠牲に、死にものぐるいで今がんばっておられる。青年市長会も復幸センターを設置し支援をしている。
実は昨日陸前高田にスーパーがオープンしたとか、祭りが始まるとかのニュースを聞いていたが、私にとって初の被災地を見てもう愕然とした。

流された車、瓦礫、予想以上に痛んだ建物。そしてその被災した町の広さ。ほぼ市の8割ほどが流されてんではないだろうか?

仮設の市庁舎へ行き市長と面談。これからもできる範囲で支援できる事を考えて行きたいが、とにかくまだまだ復興まで進んでいない。復旧もまだだという事を日本国民は知る事だ。報道は減り少しづつ復興してるかのようだが陸前高田はまだまだだ、市職員も3分の一が亡くなっている。何せ津波の高さは4階の建物まで破壊している。

写真を紹介する。


車は集められてるものの。。


至る所に瓦礫。。。。


市庁舎。一番高い屋根の上で市長は助かったが。。。


仮庁舎。


4階までの高さの津波が。

そして大船渡市へ。丁度皇太子殿下、妃殿下が来られリという事で市庁舎も大変な状況。
陸前高田と大船渡日本椿協会の仲間である。

その後武蔵野市との関係で交流をしている遠野市へ。
庁舎が被災し、現在スーパーマーケット内に間借りを。それがなかなか便利でいい。


もちろん遠野物語の遠野市は沿岸都市の災害後方支援として現在も大切な任務を果たしている。市産材を使った復興住宅はすばらしかった。

そして6日は南相馬市へ。
市長さんらと面談。今月11日に桜井市長さんは南砺市を訪問され災害相互応援協定を締結する予定。



市への支援金の他に今日は平成20年にゲリラ豪雨により大きな災害が発生した城端地域の皆さんが義捐金を集めて頂いたものを城端地域自治振興会代表者さんから南相馬市の自治振興会の会長さんに。そして城端地域と20年以上の交流を続けているアメリカマルボロ市からの義捐金を今年のマルボロ訪問団団長さんから合唱やチアリーダー、ブラスバンド、演劇等全国的コンクールに出場している子どもたちへの支援として関係者に目録を渡した。

また、南砺市にデーターセンターが有るコンテンツ制作会社ヨーズマーが独自に手がけているワンセグ放送の南相馬チャンネルが7月20日から市役所から数KMの範囲の放送を開始。市民から多くの問い合わせが有り、今後更に受信できるように進めて行く。市内各地の放射線量や市からの情報。イベント等が映像で見られる。家のテレビや携帯のワンセグ放送で見られるものだ。

報道は少しづつ減ることになるだろうが、現在まだ復興へのロードマップが見えない地域が多いことをしっかり伝えて行かなくてはならない。暑い夏だがもう2ヶ月もしたら東北は寒い季節を迎える。このままではいけない。

松村謙三先生没後40年。

2011年08月22日
昨日は松村謙三先生のご命日。顕彰会主催の「郷土の大政治家 松村謙三先生の没後40年記念式典」が開催された。
中国側からは中日友好協会 袁秘書長、在日本中国大使館より張参事官。
松村先生のご家族。国会議員、県会議員、地元の皆さん。そして高校生ら450人を超える多くの皆さんに集まってもらって式典、記念DVDの試聴。袁秘書長のご講演、懇親会と

日中国交正常化や農地改革に尽力を注がれた、清廉潔白で情熱的な政治家で現在も尚学ぶ所が大きい。

周恩来もと中国首相と関係が深く。その関係で両氏の出身地である福光、紹興市の姉妹都市関係が結ばれている。

文化芸術創造都市 南砺

2011年08月22日
20日の夜は利賀の演劇「SCOTサマーシーズン」で演出家 鈴木忠志氏の「世界の果てからこんにちは」を感激。
20年前の初演時とは違う今の日本だからこそ心にしみる作品だった。
県内はもちろん全国から、世界から鈴木ファンが、演劇ファンが集まった。


SCOTの俳優の研ぎすまされた身体表現と鈴木さん独特の台詞廻し、日本の歌、そして夜空を照らす大花火。利賀の野外ステージならではの演出。「海ゆかば」の唄。「ニッポンがお亡くなりになりました」との台詞。


演劇は来週まで。

上畠では上畠アート。これまた多くの方に来て頂きました。若い作家の独創的なインスタレーションで集落は一杯。
我が家も井波の田中孝明さんのすてきな作品が飾られた。


他にも「雲を計る佐川君」これが人気でしたね。



もちろん福野では「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」


田中も盛り上がった。

そして井波では井波国際木彫キャンプ。





4年に一度のイベント。今年は井波別院 瑞泉寺が主会場。地域綬民も参画し盛り上がっています。

子どもたちには旅を!

2011年08月22日
南砺の夏のイベントメインだったこの金土日。
木彫刻キャンプ、スキヤキ、演劇、上畠アートを廻ってさらには松村謙三先生の没後40年記念式など盛りだくさんから今週は市長会、新入職員面接、砺波広域圏議会、介護等の議会が開会される今週の始まりだ。

マルボロに行って貴重な体験をして帰国した中学生が報告に来てくれました。事前研修を積んで少し不安感もあったろうが渡米しホームステイし、多感な時期に貴重な経験を積んでの顔は本当に輝いていた。
中学生の海外派遣は本当に大切だと思う。今回は城端地域でがんばって頂いている交流事業に市内の多数の中学校から参加してくれて。
今回の経験は必ずや大きな力になるだろう。南砺市の宝が大きくなった事を実感した。

夕方は利賀へ。演劇人コンクールを観劇。演劇人会議の新理事長 平田オリザ氏とお会いする機会でもある。演出家鈴木さんらと懇談した。
平田さんは今後すぐにヨーロッパへ出かけ9月には中国でbeseto演劇祭に。鈴木さんはロンドンオリンピックのオープニングの芸術祭への出演が決まっている。まさに世界へ発信する演出家だ。

また、我が家に嬉しいお客さんが来てくれた。昨年の武蔵野市セカンドスクールで我が家にホームステイしてくれた男の子のご家族が訪ねてくれたのだ。一年前に来て今回ご家族とご一緒に。親戚のように。

しかし、急に寒くなった。上畠もアートイベントが終わり普段の上畠も戻った。静かで家の明かりも早く消えていた。もう秋だなあ。

人に会える喜び

2011年08月25日
一昨日夜。人気絶頂の島田紳介氏が突然の芸能活動引退というニュースには驚いた。暴力団関係者との交際が原因だったという事。ファンだったので残念だが立場上養護はできない。潔さは良かった。
そのインタビューで紹介した武田鉄矢さんの言葉「人は頂点からしっかり下山してこそ成功だ」政治家もすべてに通じるいい言葉だ。

また、島田さん。「いろいろな人に会わせてもらった事が財産」と。

昨日宇宙飛行士毛利 衛さんとお会いした。(約25分と短かったが)砺波市長とご一緒に。
毛利さんは砺波市内で講演のために来られた。
何かをやり遂げた、又、私たちの解らない世界で働く方の言葉には刺激男を受けるものだ。部屋の空気からさえ。これがオーラだと思うが。

いくつかの会話の中で毛利さんが進行の有る名古屋大学の先生が上田市長の従兄弟だったり。パロの柴田博士とも。

いくつか質問させて頂きました。。
宇宙へ旅立った時の奥様の気持ちは:多くのミッションクルーの信頼関係は強く大きな安心感を持って喜んで送り出すことができる。宇宙での活動中も逐次情報が入ってくるので安心。何よりも本人(毛利さん)の意志ですから。

宇宙での放射線量は;2mシーベルト/一週間。
宇宙飛行士の生涯線量 1000ミリシーベルト。

「しんかい」にも乗船だれたが宇宙と海とどっちが怖い:
深海だ。宇宙は知りつくしている。
又地球との気圧は宇宙は1気圧。
深海は650気圧。だから。。。


解りやすい。



菅さん退陣で思う

2011年08月27日
少し思い出してみる。
3月11日。富山県選出の野上浩太郎参議が午前、午後と決算委員会での質問をしていた。管首相への外国人による献金問題について。
その前に前原氏が同じ問題で外相を辞職をしているのだ。

すでに菅内閣窮地に追い込まれた感があった。
そして2時46分。東日本大震災は起こった。
地震、津波、原発事故と。。。。

一番大事な首相や官邸の初動に問題点があったと今指摘をしても遅いが。悔やまれる事は多い。
12日から15日まで連続して起きる原発のメルトダウン。それに伴う対応や情報不足で多くの人が被爆している。判断ミスもあった。
不信任勧告決議も提出されたが、ダッチロールの民主党は信任した。
そんな管内閣の5ヶ月半だった。

そして民主党は延長国会の終盤で代表選挙を控えているが、そこには国民は不在で小沢氏や反小沢の勢力争いしか見えない。被災地の皆さんにはどう見えてるのだろうか?

とにかく新内閣には大震災の対応はもちろん。止まっている外交、円高対策、社会保障と税の一体改革、また、エネルギー対策を含めた日本の未来へのビジョンを示してほしいもだの。

しかし、今回の民主党の代表選挙を見ていると民主党も断末魔。国民の信を問うべきだ。

井波の木彫ベンチ世界一認定

2011年08月28日
さて、井波で開催中の井波国際木彫刻キャンプの終盤。招待作家の作品も完成。作品の説明会等に多くのお客さんが集まった。今回のキャンプだが、井波彫刻発祥の地瑞泉寺を主会場とし、多くの市民の皆さんが参画する企画が多かった。
その中でも一番大きな事業が今日行われた「木製ベンチでギネスに挑戦」621mを目指して井波を中心に市民が1100人集まった。

八日町通りも人であふれ久しぶりに活気にあふれた。
結果は見事653.02mでギネスに認定された。世界一となった。

今日はその作成イベント参加後お世話になっている方の結婚披露宴に。
そして知り合いから紹介頂き、縁あって井波彫刻欄間を入れて頂いた小杉の方のご自宅で欄間を見せて頂き、お祝い会に。
日本間に新たに欄間が入った日本家屋の良さを改めて感じた。

民主党代表選挙

2011年08月29日
利賀での演劇祭も終わった。
演出家鈴木忠志氏はいつも語る。
36年前に利賀村に入った時は三木武夫首相だった。
それから22人の首相が変わった。そして今日更に23人目になるだろう民主党代表が野田氏に決まった。
36年に23人。その間富山県知事は二人。

毎年公演する主役の顔を毎回変える演出家は世界からおかしいだろうと思われる。今の日本は世界から見れば異常に見られてる。

その通りだ。

今日の民主党代表選挙。結果は海江田さんがあの小沢氏の支持を得たという事で一番代表に近いと言われたのだが、二回目の投票になるとそうも行かなかった。野田氏となった。
(海江田さんはこのあと小沢さん、鳩山さんとどう付き合うのか?)

というか。自民党時代悪と言われた閉ざされた首相選び。派閥からの代表選出。短期間でも首相交代。もともと数の原理で強硬な手法での代表選びだった。。。。そんな歴史が民主党政権誕生に繋がった。はず。

でも鳩山さん、菅さん、野田さんと民主党代表選挙を見ていると。前よりひどい。国民の信はどこへ向けばいいのか。

平常時ならまだしも。未曾有の大震災、原子力事故。風評被害。復興の遅れ。外交問題。円高。いろいろ。こんな有事での代表選挙。
これでいいのか?

今日の閉ざされた代表選びの演説も観ましたが。日本の首相を決めるには残念な感じだった。

しかしながら決まったからには民主党挙党体制の中で国会で災害復興、エネルギー対策、円高経済対策、外交などスピーディーに取り組んで頂きたい。社会保障と税の一体改革や地方に光があたる。国民に力が出る政策に取り組んでいただきたい。

一番大事な時期だから。是非。そういう意味では大きな期待をしている。

ドジョウより金魚よりという演説があったがどっちでもいい。国民の目線でしっかり取り組んで頂きたい。ぶれず!こびず!

あっそうだ。南砺福光名物はドジョウの蒲焼きだった。

人と命と心を繋ぐ道具を使って。。。。

2011年08月31日
いきなりですが。台風12号が心配だ。
明日は210日。風の盆。何となくタイミングが良過ぎる。
台風よ進路を変えてくれ。。と祈るばかりだ。

南砺市の夏の大イベント、演劇、スキヤキ、木彫も一段落。でも直ぐに秋の陣。発信すべき事一杯です。
そういえば明日発刊の「家庭画報インターナショナル」に16ページ南砺の紹介が載るはず。世界へ情報発信第一弾。

さて、今日は先ず午前中。「富山県の水と緑の森づくり会議」へ。
水と緑の森づくり税の延長と後半5年間の計画について協議。しっかり進める事で全会一致。実のなる木々の植樹やカシノナガキクイムシ対策。イノシシなど有害鳥獣対策など議論された。

午後一番に金沢総合通信局にて「南相馬チャンネル北陸地域映像提供実験支援協議会」設立。北陸総合通信局長、南相馬市長、南砺市長、NTT,パナソニック、アクトビラ。ヨーズマーさんらで12月まで様々な実証実験を含めて行う。
田中が提案した事が総務省や企業の皆さんの力によって更に広がる。すてきな事だ。有難い。

現在フェーズ1:南相馬市内(原町)周辺でホワイトスペース、ワンセグ放送(テレビ)電波を既に発信している。
そして明日よりフェーズ2:北陸に避難している南相馬市の皆さんにテレビ、PCによって南相馬市の情報を南相馬チャンネルによって発信。

そして今後フェーズ3:被災地、被災者への情報発信を全国的に広げる。雇用、高齢化社会に向けた情報発信。そして復興の軌跡を発信。復興が完結するまでICTが人と命と心を繋ぐ道具となる。

阪神淡路大震災の時はインターネットインフラが整備されていなくてFMラジオ局の設置により情報を発した。

今回の大災害は先ずはこのホワイトスペースとインターネット、いわゆるICT利用のこの方法が広がるべきだ。

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作者 : 田中幹夫

南砺市長。 人が好き。南砺が好き。企業・利賀村役場職員を経て南砺市議会議員。そして2008年2代目「南砺市長」当選。53歳 市政・地域おこし・まちづくり・グリーンツーリズム・スキー・そば・ネパールなど様々な話題を提供します。南砺市利賀村で母、妻、長女(看護師)、長男(大3)、次女(大1)家族。

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