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田中幹夫のちょっと一息

24年前初めてネパールを旅したときのまったりした時間を思い出す。利賀に住み、自然に向かい、そばを打つ。そんなゆっくりした時間がいい。ネパールでのひとときのように。ちょっと一息入れましょう。人が好き!南砺が好き!利他の心でまちづくり!「吾唯知足」「知足利他」

心の声

2011年06月03日
子どもの頃のことだ、虫歯が痛い。転んで傷が。。母やばあちゃんに看てもらいたくて、泣きそうな顔して訴えるのだが。なかなか忙しい大人は見向いてくれない。こんな事が良くあった。

親となり子どもの気持ちをすべてわかっているつもりだが、はたしてそうか?

今も一人で悩んで、誰かにわかってもらいたい方はたくさんいるんだろう。心の声が聞こえればわかるのに。

一昨日野党より管内閣不信任決議案が衆議院に提出され昨日採決が行われ大差で否決された。一連の国会の動きにいろいろな想いはあると思うが、私は今回の不信任案の提出は一定の理解はできる。
東日本大震災被災者のお気持ちを考えるともっとスピーディーに対応をすべきだし、国の情報収集能力もだめ、情報提供もだめ、そんな中で復興第一次補正予算は通ったが更なる復興の手段が、予算が組まれてない中で国会会期も延長するのかどうなのか?現内閣への不信感は募る。

しかしながら被災地からみれば国は本当に考えてるのか?という事になる。心の声が全く届いていないのではと考えてしまう。
日本国民あげて取り組むべき国難にむかって国のリーダーシップが見えない。
また、こんな時期に政争とは何事だ!との声も理解できる、とにかく今までの対応を見て歯がゆくてしょうがない。

しかし結果は大差で否決。形では今の内閣は信任されたことになる。
国民は本当にそう思っているのだろうか。再度被災地の皆さんからすればこんな時に。と思うのも当然だが。信任ではないのではないか。

このままでは被災地のみならず国民、世界から日本への不信、不安、不満がさらに大きくなることを心配してしまう。

国の更なるリーダーシップを期待する。与野党一致団結はもちろん国会の責任として取り組んでいただきたい。

被災地の皆さんの心の声をしっかり聞いて。

我々地方自治体も独自の判断で民間の皆さんと協力して復興支援を続けて行かなくてはならない。国民皆で心の声を大事にして。

怯えの時代の市長会

2011年06月09日
6月に入り議会も開会したが毎年この季節に「全国市長会」が開催される。恒例であることはいいことだが。やはり東日本大地震を体験した今、今年の市長会は少し違った感じがした。


全国市長会(809市と区)というのは本来前年度の事業、決算、今年度予算、役員改選等通常総会と、全国の県市長会から上がってきた要望や提言を先ずは全国9ブロックに分かれた支部(私は北信越支部)で調整をし、さらに全国市長会に挙げて議決をする。

会議そのものも大事といえば大事だが、、、

この季節に全国から市長が集まるというので各種の組織、団体の総会などが開かれる。

今回は6日の午後上京。先ずは富山県市長会の勉強会。情報交換会。

7日は午前中「世界文化遺産地域連携会議」の発足式
午後は市長会分科会。
雑誌「市政」取材(他4市長)。
今後の被災地支援取材。と取材2本。
「現場から国を変える首長の会」情報交換会。

8日はいよいよ市長会総会。
冒頭より管首相が会場に登壇。変なざわめきが。
森会長(長岡市長)の挨拶。これだけの市長、区長が集まれば国を変えられる。国難に立ち向かって行こう。と挨拶。
続いて被災地を代表して仙台市長が挨拶。素晴らしいスピーチだった。

そして管首相。ノーコメント。(オーラがみえない)

そして片山総務大臣。国だけで税と社会保障の一体改革について考えられるわけがない。地方の意見が大切だと。あたりまえのこと。

多くの要望と決議を採択した。意見としては例年と同じように要望や決議を国へぶつけてもだめ。東日本大震災復興のために市長会として行動しなくてはとの意見。さすが中山松坂市長。

そのほか東北の市長からお礼と理解を求める意見。
この会場だからこそお会いできる知り合いの市長さんとの情報交換は大事だ。総会自体より。。。

武蔵野市長、安曇野市長、遠野市長、南相馬市長、武雄市長らと。

そして午後は「全国青年市長会」意見交換会へ
自らも被災者であり犠牲者である同志の陸前高田市長のお話をお聞きし胸熱くしての議論は意味があった。青年市長会として会員である同市の復旧の手伝いをすべきと結論づけた。

刺激を受ける、他市の情報を得る。同志との繋がりを探る。我が市に繋げる。特に今回は例年の市長会と違った雰囲気の中での開催であった。

怯えの時代からまさに今変わろうとする地方政治。変わろうとする仕組み。変わろうとする日本に繋げるための小さな変化点になったのではないか。

未だ国政はどうなるのか見えないが。。。。。

離村から50年。そして最後の。。

2011年06月19日
一昨日私が揮毫した石碑の除幕式に行った。
立派な石碑が出来上がった。
「土徳刀利郷」と掘られた大きな石が刀利ダムを望む高台の駐車場に建立された。離村した方々のお気持ちと絆の強さだ。



小矢部川の上流に昭和42年に完成した。そこには三つの村があった。
建設の中、昭和36年9月20日に解村式が行われて50年の月日が流れた。

昨日は刀利ダム離村50周年記念式典が執り行なわれた。
離村者100人以上に関係者が集まった。ダムのお陰で水害から下流を守り、豊かな耕地を潤している刀利ダム。しかし離村の話が出たときは反対だった。2年間の議論の末「下流の人の幸せのために、ダム建設を認めてもらえませんか」と故松村謙三先生の言葉に反対運動の囲みは解かれたと。利他の民の決断だった。

皆さんのお心で現在安心な地に住んでいる我々。いろいろな事を考えさせられた一日だった。
亡き夫の記事をまとめて出版頂いた谷口さんのご講演も心熱くなる想いだった。

そして話は変わるが11日には井波高校の運動会に行って来た。


生徒は3年生88人。そう井波高校はこの子どもたちを最後に閉校となる。ということは最後の体育大会だ。生徒、先生、同窓生、地域住民にとって歴史に残る運動会だっただろう。今の生徒は後輩のいない3年間を過ごして来た。何となく強い意志と絆を感じる。明るい笑顔と元気、廻りの皆さんの雰囲気ですばらしい高校だという事がすぐわかる。時代の流れとはいえ高校が亡くなるという現実の中で考える事は大きい。今後の生徒たちの将来に幸多かれと祈り、応援したい。

この二つの行事に参加し、時代の流れ、歴史の中で生きている事を強く感じる。大地震からの復興の道の中でこれからも大きな決断が何度も繰り返されると思うが、その中で何か一番大切な人の繋がり、絆、こんなものを忘れては決してならない。

大震災から100日。

2011年06月19日
3月11日の東日本大震災から100日を数え、なかなか復興の道が開かれない被災地、収束の行程が見えない原発事故。そして被災者の気持ちが見えないのか国民の声が聞こえないのか中央政府のリーダーシップの無さ。
そんな中で私たち地方自治体は何をすべきか、どうあるべきか。いろいろ考えさせられている。
私たち地方には被災者の首長の声が直接入ってくる。
県、国の対応や、法治国家であるがゆえに対応が遅れるジレンマ。
長引く先が見えない被災者の声が聞こえる、気持ちがわかる現場首長の声がすごく聞こえるのである。

中央政府、国会の動きや評論家の声を伝える報道だけではわからない多くの問題、課題、悲惨な状況が被災地には今なお何も変わらずある。いや増えて来ているのである。

国難の対応ができない国。どこへ向かうのか?と心配になったりもする。

先ずは資金、お金、そして仕事。そして子ども、お年寄りのケア。
そして希望が持てるビジョンと確かな復興までのロードマップが必要である。

私たちは現在南相馬市への支援を続けている。3月24日から職員3名を派遣していたが、5月26日からはアパートも借りて2名体制で2週間交代での支援に切り替えた。コツコツ一生懸命働いていると感謝の言葉を聞くと本当に嬉しくなる。家を空けての出張。本人はもちろん家族や職場の同僚にも感謝している。

そして企業とのマッチングも提案した。南砺市で展開しているワンセグでの情報発信技術を民間企業に南相馬でやってもらいたいと一緒に市長室を訪れ計画は進み始めている。雇用にまで繋がればと思う。
また、市内道の駅でも被災地の特産品販売が始まった。さらに南相馬市で販売が始まったゴーヤの苗の利用も広がりつつある。行政のみならず市民の皆さんが義捐金、支援物資そして被災地の産業、雇用にも協力をしようとの心が嬉しくてならない。

今後は南相馬市の子どもたちに夏休みを利用して南砺に来てゆっくりして頂くプログラムを提案した。

長引く復興への道。できる事からしっかり取り組んで行きたい。

井波彫刻池田さんキャンドルカービングコンテストに

2011年06月24日
タイで毎年行われる国際キャンドルカービングコンテストに日本代表として参加する井波の彫刻家池田さんが市長室にて意気込みを語って頂きました。



市サイトで紹介します。

1m角のローソクを積み上げて3mくらいの作品を10日間で掘り上げるもので今年で6回め。井波の彫刻家は過去3名参加している。

お母さんの横で恥ずかしそうに抱きつく子どもの像の作品を彫る。
作品は「心」と命名され、強い決意で不安や不満に立ち向かう女性の姿。

暑いタイでの作業は大変だが今後のためにもいい交流も大切。がんばって来てほしい。

それにしても池田さん大きかった。

6月定例会閉会

2011年06月24日
昨日の本会議で提案した補正予算等すべての議案を可決頂き定例会が閉会した。6月にしては大型の補正予算だった。

詳しくは市のHPで こちらです。

今回は今年度の予算編成後決まった事業。
事業確定に伴うもの。新規に採択した補助事業、地域経済対策等緊急で取り組まなければならないもの。そして緊急に必要となった修繕費等を計上した。

市民病院の耐震化等のために県からの交付金を計画していた市営住宅建設に当て、玉突きで24000万の基金を積んだ。
中央病院院内保育所整備のための財源としても。

中央病院のCTスキャナーの更新。

経済対策として
商工会が発行するプレミア付き共通商品券に補助800万。
旅館等への誘客を図る「同級会応援プログラム」

被災地支援として
市民の皆さんの義捐金を市で予算化し南相馬市他の支援に充てる
2800万。等である。

市民体育大会とゲートボール大会

2011年06月26日
さて、昨日の雨も上がり先日の暑さが嘘のような日となった。
先ずは福光屋内グランドへ
第7回南砺市民体育大会の開会式に。一部競技は始まっているが昨日今日と24競技が行われる。
4地区対抗となり自然と力が入る。普段は子どもたちの指導をしておられる方々も今日は現役アスリートとして勝負に出る。



続いて
第29回富山県高齢者ゲートボール大会が旅川グランドで開催され、県内全域から予選を勝ち抜いた82チームが参加して開催された。
県の恒例福祉課長さんも激励に来られ涼しいなか高齢者の元気一杯のプレーが会場一杯で繰り広げられた。












なかよし

2011年06月26日
小笠原諸島が世界自然遺産登録が決定して、平泉の世界文化遺産登録が期待されていたが昨夜未明決定のニュース。
これで日本国内では文化遺産12カ所 自然遺産5カ所となった。
文化遺産登録の基準はこちらで次代にしっかり繋いで行かなくてはならない。

平泉の関係者の皆さんの盛り上がりを見てこの世界遺産への様々な期待が見て取れる。同時に我が南砺市には「白川郷・五箇山」という世界文化遺産を持つ都市であることを更に市民、県民あげて誇りに想い、認識していかなくてはいけない。

さて昨夜は利賀中学校を卒業して35年の節目と今年同級生50歳の歳になるとのことで同級会が福光の華山温泉で34名の同級生のうち22名が参加し開催された。

なかよしの同級生だったがいい歳をとってさらに仲良くなったようだ。
沖縄や東京、大阪からも集まり遅くまで盛り上がった。

みんなそれぞれの人生を一生懸命、真剣に送っているようだ。独身者もいたが、旦那や奥さんや子どもの話題も多くなり、中には孫ができたり、子どもが育ち、犬を飼ったとか。話題は広がる。

でも最後はやっぱり昔の利賀での話題。胸がきゅっと熱くなるような話もあったようだ。

いいねえ同級生って。ほんとにそう思った。皆さらに元気で又集まろうと別れた。幹事の皆さんありがとう。

集合写真撮ったなあ。でもブログには載せずにそっとしまっておこう。

今年もはんぶん過ぎた

2011年06月30日
暑い日だった。朝は少し強い雨だったがすぐに上がって。猛暑。
そして今日で今年も半分が過ぎた。
豪雪の始まりだった。1月はづーっと寒くて雪が降り続いた。
利賀では3mを超えた。それも連続の降雪だった。

そしてようやく寒さが落ち着いて来た3月11日に東日本を襲った大地震。今も尚思うように進んでいない復興作業。
それどころか未だに7000人を超える犠牲者が不明となっている。
管政権のふらつきから先が見えないもどかしさを感じている。

そして6月からの酷暑。そして15%の節電。
暑い夏は更に続く。
作者 : 田中幹夫

南砺市長。 人が好き。南砺が好き。企業・利賀村役場職員を経て南砺市議会議員。そして2008年2代目「南砺市長」当選。53歳 市政・地域おこし・まちづくり・グリーンツーリズム・スキー・そば・ネパールなど様々な話題を提供します。南砺市利賀村で母、妻、長女(看護師)、長男(大3)、次女(大1)家族。

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