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田中幹夫のちょっと一息

24年前初めてネパールを旅したときのまったりした時間を思い出す。利賀に住み、自然に向かい、そばを打つ。そんなゆっくりした時間がいい。ネパールでのひとときのように。ちょっと一息入れましょう。人が好き!南砺が好き!利他の心でまちづくり!「吾唯知足」「知足利他」

提案理由その1

2011年03月01日
今日から3月気を引き締めて。
今年も早2ヶ月。つい先日おせちを食べたと思ったが。寒いこの冬は久しぶりに豪雪となった。JRも止まったり。と。
しかし今日から3月。

卒業、卒園の季節。また進学や就職など新たな出発の季節。
ウキウキ。。。きゅーっとする季節でもある。

我々は来年度の予算を認定して頂く3月議会となる。
本日より3月定例会開会。本会議により市長の所信、提案理由説明を述べた。

先ずは予算説明。
近年の不透明な社会情勢や急速に進展する少子高齢化社会が地方を更に疲弊させ、地方の活力を失わせている現況を打破するため、我がふるさと南砺に誇りを持てるまちづくり、次世代育成や世界への発信につながる未来志向の事業に積極的に取り組むとともに、今やらなくてはならないこと、手遅れになってはならない事業等を思い切って予算化した。

第一に5年目の総合計画の実現に向けて事業の着実な推進を図る。
高齢者福祉施設、統合保育園、市営住宅等の建設に着手。
基本調査や実施設計の段階に入れる事業についても積極的に予算を計上し、次年度以降計画的に進める。

第二に元気で活力のある地域づくりを目指すための具体的施策として
定住対策や過疎地域対策、環境対策や誇れるふるさとを更に世界に発信する事業として「なんと元気なまちづくり事業」として特別枠として予算化した。

第三に現在市民参加で作業を進めている協働のまちづくり条例の策定や地域内分権の推進等を進める。

第四に観光戦略を強化し交流人口を拡大するとともに、農業、商業、工業それぞれの分野における新しい取り組みを支援し活力あるまちづくりとなるよう。

第五に安心づくりにつながる事業を展開し、省資源、省エネルギー等環境への負荷を低減し住みやすい地域づくりを進めるとともに生活環境の安全確保や安心して生み育てることのできる子育て環境の充実を。

第六に夢づくりにつながる事業として社会環境の変化に対応できるよう総合計画の見直しや意欲ある市民のやる気を引き出し、ボランティア活動等の支援。

第七として道路、上下水等社会資本の充実、整備に引き続き力を注ぎ市民生活の利便性向上と産業基盤の整備に配慮した。

一般会計 33,108,000千円(昨年より2,074,000千円 6.7%増)
特別会計  8,350,700千円(昨年より232,500千円 2.9%増)
企業会計 14、363、666千円(昨年より88、613千円 0.6%増)
合計   55,822,366千円(2,395,113千円増 4.5%増)

提案理由4 補正予算

2011年03月02日
今議会に提案する平成22年度一般会計補正予算の主な内容は。
今回は国の平成22年度補正予算でのきめ細かな交付金348,118千円。
住民生活に光をそそぐ交付金94,760千円。
除雪対策費 22,230千円
後期高齢者医療事業特別会計繰り出し金 23,763千円
国民健康保険事業特別会計繰り出し金 16,542千円 
病院事業運転資金の調達 117,812千円
財政調整基金へ積み立て 813,231千円
減債基金への積み立て 1,100,000千円
他に
福光中心市街地駐車場整備事業補助金 38,942千円
子ども妊産婦医療費給付費 8,500千円。
クレー射撃場フィールド競技整備 25,000千円
等の増額。

実績の無い農業経営短期制度雄志預託金 30,000千円
土木費の精算 53,935千円
小学校施設整備費 287,553千円
埋蔵文化財調査費 13,500千円 等の減額。

財源は市税、普通交付税、財産売払い収入、地方消費税交付金等。

一般会計 2,272、348千円の増額
特別会計 41,887千円の減額
企業会計 1,929千円の減額


 

越前漆器・井波彫刻のベストコラボ

2011年03月02日
鯖江市で開催された越前漆器・井波彫刻連携活性化事業委員会に出席。
昨年から始まった鯖江市の事業。経済産業省の伝統工芸士のコラボ事業で越前漆器と井波木彫のコラボ。
井波の宮大工野村さんが山車を造り、井波の木彫を施し、鯖江の越前の漆が施される。
技術の伝承と伝統技術の新たな市場開拓、産業振興には良い事業だ。

県域を超えた事業、都市間連携の事業、巧の伝統工芸士の交流、技術の錬磨。若手工芸士の技術の伝承、新たな展開に向けて成果は大きいと思う。

今日の会議は中間報告やデザイン等について検討が行われた。
鯖江市長、商工会議所会頭さんと共に顧問に就任させて頂いた。
(手前から井波の岩倉理事長と鯖江土田委員長と牧野市長



野村棟梁が造った山車の上部に漆の下塗り
高さ3.5m 幅2、3mとなる。



昼食がこれまたおいしい。
漆塗りの椀で頂いた。地元のお母さんの伝承料理も。



出来上がりが大変楽しみだ。

牧野百男鯖江市長のブログにも紹介されています。

提案理由2 予算

2011年03月02日
平成22年度国の補正予算で「きめ細かな交付金事業」「住民生活に光を注ぐ交付金事業」等は23年度事業を前倒しし補正予算計上しているものや学校改築事業等が23年度に繰り越事業となる予定でありそれを22年度一般会計予算331億にプラスとなり実行予算は350億規模と非常に大きなものとる。
地域経済の状況を踏まえ、切れ目の無い総合的な予算執行となる。

歳入は?
市税は3年ぶりに44,038千円の増額。
個人所得の減により個人市民税は引き続き減少見込み。
企業収益の改善による法人市民税の増と固定資産税の増による。
66億6千6百171千円の見込み。
ちなみに平成20年の市民税は77億17,151千円。

地方特例交付金は子ども手当は57,000千円の増。
地方贈与税、利子割交付金等その他の交付金はほぼ昨年同額。
地方交付税は昨年と同額138億円の見込み。
市債発行額は前年度に対して16億370万円増の48億24百70万円。最高20%を超していた実質公債費比率は平成21年度決算で16.9%まで下げてきている。
市債発行においてもこの実質公債費比率を意識して予算化している事はもちろん。18%以下に抑えつつ、元利償還金が地方交付税に算入されるものを厳選し、平成23年度末起債残高見込みのうち。元利償還金が交付税に算入される割合は約68%。

歳入不足は2億円。財政調整基金の取り崩し。

ちなみに平成22年3月補正では財政調整基金に8億1323万千円を、減債基金に10億円積み立てを計上している。

平成23年度末 財政調整基金残高は51億9364万9千円。
減債基金は34億5857万円と増やしている。


文化芸術創造都市 なんと

2011年03月03日
午前中はタイ王国から綱引き連盟の役員の方が市長室を訪問。
南砺綱引き協会(会長武田県議)の高橋さんがタイ、ラオス、ミャンマーなどで綱引きを普及する活動をしておられその関係で来日。城端綱引きクラブが日本一をかけて出場する今週末開催の全国大会も見学する。
それにしても高橋さんは凄い人だ。綱引きをアジアに広げ、オリンピック種目にしたいと地道に活動をしておられる。そして世界で南砺のPRをして頂いている。観光大使だ。




そして南砺総合高等学校福野高等学校の卒業式に。
188人が旅立った。

今日の午後発表された平成22年度文化庁長官賞 文化芸術創造都市部門において南砺市が受賞した。
演劇特区や世界演劇祭利賀フェスティバルの開催や南砺井波国際木彫刻キャンプ、スキヤキミーツザワールドの開催。世界遺産や民謡、様々な伝統文化の継承等、文化芸術創造を市民あげて取り組んでいるとして受賞したもの。

これからは「文化芸術創造都市 なんと」となる。南砺市らしい賞だと思う。これからも更にアートによる地域の元気づくり、まちづくりに取り組んでいきたい。文化観光、文化産業も。

文化庁の発表PDF

創造都市のページ

「結カフェ」に決定。You&I cafeに決定

2011年03月05日
南砺市の若手まちづくりリーダー養成塾「七転び八起き塾」。
塾長は市長の私です。
一昨年7月から立ち上げ昨年7月10日のなんとの日の事業を第一期塾生20人でやり遂げました。
昨年の6月に2期生を応募、同じく20名の塾生が様々なまちづくり事業を考え5つの提案を発表してくれました。

1、中学二年生を対象にふるさとを知ってもらう人材育成事業。
2、若者が集まれる場所を皆で造り、様々な企画を展開する。
3、環境にやさしいまちをつくる。ゴミ広いから恋拾いまで。
4、結カフェ事業。サードプレイスの創造。
5、徹底的に南砺市をPRする。インターネット。映像、テレビで。

それぞれが考え悩み抜いた事業をプレゼンしてくれた。
第一期生も集まってプレゼンを聞いて。

そして審査委員で選んだのは「結カフェ」
選ばれた上には是非全員の力を結集し取り組んでほしい。

若者は様々な事業を通して絆を強く、ふるさと南砺を愛する事の出来るリーダーに育っていく。今年で40人.あと3年続けたい。

100人のリーダー。彼らが協力しまちを考え、人を繋ぎ大きな力となっていく。楽しみだ。


豆谷そば会と朝倉氏祝賀会

2011年03月06日
寒い朝だったが。道路状況も良い。
先ずは豆谷のそば会に。
そばの里利賀でも一番歴史のあるそば会である。
50年近くの歴史が在る。昭和47年からは当時の野原村長が県、国や政治家を冬に招いて利賀を見てもらった。そして上利賀で開催していた雪国まつりと合併して今のそばまつりになっていくのだが。

雪の多い冬に多くのお客さんを招くことを実行した。
まさに克雪の歴史がそこにはある。

今日もそば粉100%の平そばのぶっかけ。伝統的な味に舌鼓。
満足感あふれる味だ。3杯をたいらげた。

山菜や豆腐料理もおいしい。

豆谷の皆さん全員でもてなして頂いた。ごちそうさまでした。

夕方は井波木彫りの里で元井波消防団副団長である朝倉和夫氏の瑞宝単光章受賞祝賀会に。消防精神を教えて頂いた。

7時を過ぎたが車で名古屋に向かった。

北陸銀行名古屋金山橋支店に大型看板が登場。

2011年03月07日
名古屋も寒い朝。
8時半から北陸銀行金山橋支店前で砺波広域圏での事業である大型広告看板のテープカットを行った。
名古屋でも最も多くの人が乗り降りする場所。
交差点に立つと大変目立つ。

北陸銀行支店の前面壁面に10m×4mの超大型看板。
1年間4種類の砺波、南砺のPR看板が登場する。
一回目はチューリップフェアーと五箇山合掌集落。
今回はチューリップの財団が経費を出して頂いた。

北陸銀行の皆さんの富山への貢献事業として認可頂いたものだ。



交差点を通る人の多くが驚くように見て通る。



その後は名城大学の水尾先生と情報交換。
電気自動車 EV車ネットワークと環境、観光、限界集落対策を一緒に考える事業の打合せ。
南砺の価値をさらにアップする事業になればと思った。

そくさいネットふれiTV発表

2011年03月07日
昨年から取り組んでいるそくさいネットふれあいTV事業。
国のユビキタスタウン構想推進事業」の採択を受けて取り組んでいるもの。ICTは「情け、命、元気、人を繋ぐ道具だ」と高齢化の進む地域のコミュニティー再生や声かけ、買い物、緊急情報、安否確認などができる道具としてお年寄りの方でも使えるテレビ電話を開発した。

高齢者向けでアンドロイドでスカイプが載っている世界一の端末となった。南砺の企業ヨーズマー製で地元ケーブルテレビTSTが技術サポートする。

価格も安く仕上げるためにいろいろご苦労があった。
市内五箇三村の限界集落に310戸に設置。1年間いろいろ実証実験を積んでより使いやすいモノに仕上げていく。





テープカットには森田総務省政務官、斉藤北陸通信局長も出席頂いた。



プレゼンテーションも私自身が行った。ジョブズ氏や孫氏のようにとは行かなかったが。。。





大変な事に。。

2011年03月12日
午前中の予算特別委員会を終え午後は県選出の野上参議院議員の決算委員会での質問をテレビで観ながら市長室で執務中。
ちょうど2時半過ぎ、急に発信音があり地震情報が。
かなり大きな地震が三陸沖で発生したと。
その後の津波警報が気になりテレビを観ていた。
まさかこんなに大きな災害になるとは。
川を逆流する大量の水。そして農地を、家を、車を、船を。。。。
飲み込みさらに水位を上げていく。逃げ惑う住民も。。。。

大変な惨状を観つつ市内の状況を確認を指示しつつ。市民の被災地への旅行者の有無や、知り合いの安否など。

武蔵野市や関係市への状況等聞きながら。

昨日のうちに消防署より緊急援助隊として出発。
市としては給水車と職員の派遣要請が在ればすぐに出動する準備をした。
心配である。一昨日森市長とNZクライストチャーチの地震の問題点や苦労話を聞いていたがまさかその次の日におきるとは。

原子力発電所の事故も気になる。

国会においても与野党一体となって政治力が大切になる。
我々の出来る事は?

人名救助では初動が大切。
被災地の皆さんには心よりお見舞い申し上げます。

日本全体で取り組もう。
被災地の皆さん。がんばれ!がんばれ!

南砺市の対応

2011年03月14日
本日朝より義捐金箱を各8行政センターに設置。義捐金の受付を始めました。
さらに11日より出ている砺波広域圏消防緊急救援隊の隊員交代用のバスを提供。
給水車、職員を現在待機。いつでも出発できます。
武蔵野市友好都市協議会の遠野市への支援を決定しました。
公営住宅への避難家族受け入れや土木、農林、下水道技術者の派遣、や保健師の派遣、病院の受け入れ数など県から要請があり報告します。

阪神淡路大震災に学ぶ

2011年03月15日
参考までにブログを転写させて頂きます。

阪神淡路で被災された西宮市議会議員今村岳司さんのブログ。「呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないこと」「要請されないかぎり何も送らないこと」「ぜったいにこちらから安否確認の通信をしないこと」

こちらのブログをお読みください


ボランティアや支援物資は要請しないかぎり絶対行かない、送らない事が原則。昨日の緊急対策会議でもありました。南砺のゲリラ豪雨時も多くの物資が送られてきたが使い道のないもの、受付、整理等職員対応が逆に増えてしまう。とのこと。

でも必要な場所にしっかり必要数送る事は大切ですので、しっかり被災地とマッチングしたうえでの対応が大切です。

市民の皆さん先ずは義捐金をお願い致します。8行政センターに義捐金受け付けています。


市内中学校卒業式

2011年03月15日
卒業式の始まりに全員黙祷から始まった。
今回の東北地方太平洋沖地震で被災し、卒業式をあげられない卒業生もいる。そして命を落とした卒業生。家を亡くした卒業生。家族を亡くした卒業生。未だ瓦礫の中の。。。。

しかし今日は晴れの卒業式。堂々とした南砺の卒業生は被災者の皆さんの事もしっかりわかっていた。祝辞でも被災地の卒業生の話、救援活動に命をかけている自衛隊、警察、消防、ボランティアの皆さんのこと。そして今こそ日本の力、日本人の絆を見せ、皆で必ず立派に復興しようと述べた。

皆の顔はすべてわかっていた。

城端中学では卒業生が自主的に義捐金箱をもって募金を募ったらしい。
すばらしい。利他の子どもたちに勇気をもらった。

被災地では未だ大変な状況だが、我々は地域を元気に盛り上げ被災地をも支えていかなくては行けない。

南砺市の対応2

2011年03月15日
昨日に決定した被災地岩手県遠野市への支援について。遠野市より要請のあった水12000本/500ml。
灯油 4,000リットル
かきやま 段ボール10箱
を明日トラックとローリー二台で出発します。

遠野市は南砺市の友好都市武蔵野市との交流をしており。
同じ武蔵野市交流市町村協議会(全国10市町村)のメンバーで毎年職員、首長、市民の交流をしています。

岩手県遠野市は庁舎も被災しテントでの対応と聞いているが沿岸部程大きな被災はしていない。岩手では沿岸部への支援救援の拠点として自衛隊の緊急本部となっているらしい。現在沿岸部の避難住民を多く受け入れているようで水、灯油などが足りないとの事。東北部全体の後方支援として先ず受け入れして頂ける遠野市への支援を行う。
職員2名が随行する。

給水車は富山県全市でシフトを組んでおり、今週末あたりに給水車と職員2名が出発する予定。

義捐金を各行政センター等で受け付けています。お願い致します。

被災者の受け入れと救援物資を!

2011年03月18日
とりあえず市ホームページに災害関連ページをアップしました。さらに充実が必要ですが。

こちらをクリック願います。

市では現在被災者を市営住宅に入って頂きたく募集し始めています。
最終的には公営住宅38戸を。さらに医師宿舎や利賀のスターフォレスト、平のマウンテンスクールなどにも。さらに公営施設も考えています。

さらには市民の皆さんに居住可能な家屋をお貸し頂きたく自治会長さん、区長さんにご協力を頂きたいと思います。

子ども達も是非受け入れが出来ればと思っています。

そして支援物資も22日から市行政センターで募集します。
詳しくはこちらをお願い致します。

想い!

2011年03月18日
3月11日2時46分を我々は日本人にとって忘れてはならない日となった。東北地方太平洋沖地震の発生、そして津波の恐ろしさをテレビで目のあたりにした。
地震、津波災害の次に起きたのが原子力発電所の事故。
多くの被災者の皆さんには心よりお見舞いを申し上げ。さらにお亡くなりになられた方々には謹んで哀悼の意を表します。そして行方がわからなくなっている方々には一人でも多く生きていてほしい。心よりそう祈っています。
また、昼夜を問わず救出作業や救援活動をしておられる自衛隊員、警察官、消防署員他多くの皆さまに心より感謝を申し上げます。

今、日本は問われている。
ここでもう一度総力で復興することを。被災者の皆さんと国民全体と共にでこの難局を乗り越えなくてはならない。
必ずや笑える日が来るまで日本国民すべての力でやり抜かなくてはならない。

日本は必ず再興する。そう信じて国民あげて取り組んでいく事が大切。
そしてこれから創っていくものこそ新たな日本なのかもれない。
便利さだけを求めてきた時代を終え、やっぱり皆で世話をかけながらも確実な未来ある地域を創る事こそ大事。再び絆を取り戻すような地域づくりを。

必ず日本は再興する。

被災地支援対策への対応

2011年03月22日
今日から東関東大震災被災地への救援物資と避難住民入居可能空き屋情報を収集し始めます。

詳しくはこちら。

救援物資について

何かしてあげたい。何かしなくてはならないと尊いお気持ちの多くの市民の皆さんにいろいろお聞きしましたが。
今家にあるものを出してください。

決して改めて買ってお持ちくださる事の無いようにしてください。
そのお気持ちが在るんであれば行政センターや様々な場所で義捐金箱が設置してありますのでそちらに現金でお願いします。
本赤十字を通して確実に被災地支援に使われます。よろしくお願い致します。


今回の被災は日本人総力戦で復興に向けて気持ちを一つにする事が必要です。必ず復興する。皆で復興する。
そして今までの我々の小さなわがままを改めて心豊かな過去のやさしい人の心一杯の地域づくりに切り替えて。
南砺市民の皆さんよろしくお願い致します。

南相馬市へ支援を始めます。

2011年03月24日
22日から始めた支援物資収集。多くの市民の方々に物資をお持ち頂いております。
この度の市民の皆さんからの「暖かい心のこもったお裾分け」に対し心より感謝します。
そのお心を先ずは南相馬市に届けることとしました。

福島原子力発電所の事故により強制避難をしなくてはならない南相馬市ですが、まだまだ避難せずに家にいらっしゃる方が相当数おられ、その方々への食料や様々な物資が不足しているようです。

南相馬市は旧相馬中村藩領で天明の大飢饉後(1810年)の藩財政の復旧と貧窮した領民の救済と激減した人口の増加を図るために移民誘導を進めた。その時に南砺市内全域から多くの方が移民として移られている地域です。
そんな縁で今も尚交流が行われており今回の支援すべき地域としました。

今回は長期化する救援策を探る為に職員も2名派遣し市内ボランティアの皆さんと一緒に活動します。
先ずは明日(24日)救援物資トラックとマイクロバス、4輪駆動車2台で合計10名ほどになります。

本日桜井南相馬市長より電話を頂きました。職員もかなり疲弊しており、津波被害地と違ってボランティアもおらず大変な状況だそうです。

又、下水道課より給水車と職員の派遣も30日に決まり。保健師も明日、県の保健師と一緒に被災地に入り住民のケアに入ります。

又、今後しばらくは南砺市内の観光、イベントパンフなど印刷物には「Prayfor japan」のマークを入れたり、復興を支援する言葉などを入れ、意識をあげていってほしいものです。

とにかく今後もしっかりと日本復興のために南砺市として出来ることに取り組んで参ります。
ご理解の程よろしくお願い致します。

「屋内退避」指示は。。。

2011年03月25日
朝日新聞朝刊に桜井南相馬市長のきじが載っていた。
南相馬市の状況がよくわかる。

「「屋内退避」指示は間違いだ。市を分断し救援物資届かず。」とショッキングな見出し。

先ず原発事故で20km圏内は避難。そして続いて20kmから30kmの間は「屋外避難」のし指示が国から出された。

南相馬市は南部が20以内の避難。北部を覗いて8割が屋内避難と分断された。その住民が自宅に残った地域は物資も、ボランティアも危険性があるということで何も入って来ない。食料も会津でストップ。職員が取りにいってようやく届く始末。被災前には7万人いた市民のうちすでに5万人が市外へ。市内には2万人程の市民が残りその方々の安否や生活を守らなくてはならない状況で市民の心の中にも分断の亀裂が入っているようだ。

未だに津波により行方不明者もあり、その遺族の皆さんが探しに禁止区域に入ったり、不審人物とのトラブルも会ったようだ。

原発の状況も未だめどがつかない状態。この地域の復旧にはかなりの時間がかかりそうだ。我々も長期的な支援をできることからやらねばならない。もちろん国全体で。

今回の大災害の範囲の広さ、地震、津波、そして原子力発電所と放射能と経験したことの無い大災害。
ここへ来て放射能による水や農業への影響も大きくなり範囲もさらに広がっている。

又、東北地方にある企業、会社が復旧しない限り我々日本の産業界のみならず生活にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

こんなときこそ落ち着いて仲間意識、地域コミュニティー、家族と一緒に将来の進むべき道を一緒に考え、復興に向けて国民総力戦で取り組んでいくべき。

ピンチをチャンスに変える何かを探しながら。。。

南相馬市から

2011年03月26日
24日朝6時にボランティア6名 職員2名ボランティアの皆さんの集めた食料品など支援物資等を積み込んでマイクロバスとトラック、4WD車を激励。最初に南相馬市の被災地周辺に入り、津波の現場等を見て相馬市内のお寺にてテントを張り宿泊したとか。

そして夕方出発の市民の皆さんの支援物資を積んだトラックと職員が出発。深夜に相馬市内で借りている南相馬市物資一時預かり所に搬入した。

職員は今朝から南相馬市庁舎にて打ち合わせ。避難の方々の受け入れも含めて私のメッセージを伝える。

その後南砺支援隊は仕分け作業や屋内待機者への食料等の配給手伝い。

職員からの現地報告
「南相馬市自体が原発20〜30kmの屋内避難の関係で大変混乱している状況。行き当たりばったりの対応しか出来ていない。市役所は殺伐とした感じ。」
「市民は黙って物資支給に並んでいる方もいれば水が出ないと市役所職員に喰ってかかる人もいる。中には困難な中、必死で生きているよと話す方もいる。
今回の災害は想定外のことが起こった時は、どんな訓練も役に立たない。対策本部が機能していない。情報が伝わらない。政府や県から的確な指示が出せていないことも大きい。「避難指示」は何とかうまくいくと思うが、市民に食料を支給する事態は考えて見たことがない。と職員。想定外防止にはあらゆる「こんなことが起きたら?」を皆で出し合うことから」

大変な状況の中で職員には自分で見て、感じて、考えてもらっている。必ずやわが市の危機管理、防災に役立つだろう。

今週末は年度末の窓口開庁と、災害支援物資の受付、避難者の受付などで窓口や担当部署は休日出勤となるが是非職員の皆さんにはよろしくお願いしたい。

又、被災地に派遣の保健師さんも心配であるが一生懸命頑張ってくれている。
こんな時だからこそ職員一丸となって取り組んでいきたい。
「チーム南砺」で取り組んでいきます。

南相馬市レポート2

2011年03月28日
津波に飲み込まれた老人福祉施設。壁の汚れで海水の深さがわかる。海岸から2、3kmの地点。



南相馬市の北部2割が原発より30km圏外。
そこには2カ所の避難所がある。その避難所には現在80人が避難しているが少しづつ県外親戚等の家に身をよせる等減ってきている。

30km圏内にどれだけ現在住んでいらっしゃるのか?正確な把握ができないが27日の食料配給では約10000人と思われるとのことだ。放射線量は昨日2マイクロシーベルト。比較的風向きや地形等から放射線量は少ないのだと住民は言う。

それにしても危険だとのことでボランティアも入って来ないエリアであり市職員た一部の住民ボランティアのみでの対応は大変そうだ。
庁舎の職員の顔は疲れ切っており、長期戦に耐えきれるか心配である。

我が職員も初日は他人を見る目で見られたが、二三日たつと仲間意識が生まれたという。少し心が繋がり、職員間でも信頼関係が出始めたように感じた。これが大切なんだ。
先ずは何も支援できないが「いてくてること」の大切さの現れだ。

20km避難範囲の中にも現在住み続けている人もいるらしい。自衛隊による強制避難者の捜索もなされている。
また、家族を探しに危険地域に入っている人もいる。

現在は銀行や病院等市としては必要な関係機関が動かないため行政も動かない状況。
しかしながら一昨日よりコンビニやスタンドが少しづつであるがあきはじめている。

職員の必至の作業でライフラインは大丈夫。

燃料は相当足りない様子だ。途中お会いした国会議員の先生にも様々なお願いをしたが。。

遺体安置所は現在数十体とのこと。斎場は動いている。火葬している。

地元消防団も連日遺体捜索を行っている。警察、常備消防、自衛隊との連携のもと。しかし20km圏内は足を入れられず放置されていることも何とも歯がゆい。



現状はとにかく原発の状況がおさまり、避難勧告が解除されないと復興作業に取りかかれない状況である。
屋内退避や、自主避難といった国の対策は全く現場を無視している。
現場がおどらされているようだ。対応が出来ない。
風評被害が大きい。

議長は先が見えない状況が長引くと住民や職員のモチベーションも下がってしまう。早々に30km以上離れた場所に仮設住宅や、離れた学校を再開をさせ、避難地域から子供らを通学出来るようにしなくてはならない。
目に見えた復興事業に一歩進まないと更に住民は疲弊する。と。

今回、現場を目の当たりにし単なる被災地でないことを強く感じた。放射線という大きな困難で覆われている地域の復興について広く国、県、そして我々被災地外の自治体で考えスピーディーに取り組んでいくことが大切。短期、中期、長期と整理しての支援を考えなくてはならない。

放射線は怖い、危険だ。しかしながらそこの数値を図りながらも10000人以上がそこに今も尚住んでいる。これから多くのボランティアや他自治体職員の方々にも入ってもらいたい。そして少しでも住民や職員に安堵感を与えること。そういったことが大切だと思う。

多くの市町村の人的支援も必要だし、それを仕切る職員も。
支援物資はかなり集まり始めている。現状は燃料が圧倒的に足りないとのことだ。

又、地震だ。支援策については次回。

南相馬市レポート1

2011年03月28日
早朝南砺市を立って福島県南相馬市へ急遽行ってきた。
地震と津波の発生で死者、行方不明者が多数いる現実。これは他の東北沿岸部の市町村と同じ状況である。
しかし、その大惨事に福島原子力発電所の事故、放射能漏れによる目に見えない怖い災害が覆いかぶさっているのがこの周辺地域だ。

12日原発20km以内は政府から避難命令が出された。これはやむおえないと市長らは語るが。問題は15日新たに追加で出された20kmから30kmまでの間の住民に対して「屋内退避」の指示が出された。

南相馬市は南部の一部が20km圏内、そして30km圏内が市の8割が該当する。そして北部は30km外と3段階で分断されることに。

その後は市全体に物資もボランティアも市外からは危ないということで入らない地域となった。まちからは人も物資も消えた。
店も閉め、誰も出ないゴーストタウンのようなまちになった。

食料も入って来ない。そんな中市職員は水道等のライフラインを復旧させ、燃料や食料を取りに25km離れた町まで取りにいった。医薬品等も入りにくい。

もはや見捨てられたまちとなったのだ。
そんな情報が我々に入った。200年前に先人達が移住した地をなんとか救えないかと今回の支援活動となった。

そして25日には30km圏内は「自主避難」との指示が出され、市民5000人が新たに市外へ。その後1750人に説明会を開いたが150人程しか市外への避難は無かった。ということは今住んでいる方々は特別なことが無い限りここに住み続ける覚悟を持っておられるのだ。

南相馬市は人口70000万人。
既に50000人以上が市外に出てるとのこと(市当局は確認できず)

昨日は市内に住む住民に今月分の食料が配給された。配給された人数は8800人。職員等を入れると10000人程が市内に残っているのではないだろうか。

20km圏内は行方不明者の捜索もできず放置されている状態だ。
今日は市長や議長にお会いし今後の短期、中期、長期の支援について探った。私がやるべきことは再度書き込むが。とにかく現実を見てあらゆる困難がこのまちに存在する。

南砺市は市職員を3名派遣し、市民の皆さんの支援物資を明日を含めるとトラック2台、そしてバス等に少しづつ2台搬入している。ボランティアの方々にも入って頂いた。

今日の写真を紹介し、後日さらに詳しく支援策など書き込むことにする。
桜井市長さんと


議長さんと


市内の様子。















相馬市内の南砺市支援本部。


本部は原発より50km以上離れている相馬市で、放射線の影響は無い。そして寺のお御堂で宿泊。水、トイレなどは完備されている。
職員を派遣するんですから事故や放射線による影響の無いように短期間での交代や作業についても気を使っている。

あったかい贈り物を頂きました。

2011年03月30日
昨日市内の女性から被災地に届けてほしいと絵と絵はがきを届けて頂いた。
心が暖かくなるようなすてきな絵だ。
早速南相馬市へ今日届けてもらう。
こういった一人一人の気持ちが風化しないよう。
復興するまで。

作者 : 田中幹夫

南砺市長。 人が好き。南砺が好き。企業・利賀村役場職員を経て南砺市議会議員。そして2008年2代目「南砺市長」当選。53歳 市政・地域おこし・まちづくり・グリーンツーリズム・スキー・そば・ネパールなど様々な話題を提供します。南砺市利賀村で母、妻、長女(看護師)、長男(大3)、次女(大1)家族。

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