2008年08月19日
 今日も久しぶりに「タナベマサキの侃々諤々」にゲスト出演しました。
上畠アートの話やオリンピックの話。

 なんと県Pアドバイザー。城端のM本Qさんが北京オリンピック観戦生出演しました。ナデシコジャパンの試合を観たとのことで。中国人がアメリカを応援する話。ホテルの話。などいろいろ。生中継をお聞きしました。

 上畠アートの記事がK紙に載っていました。我が家の前にも幟が立ちました。明日からボランティアの大学生も入ってきます。

いよいよです。

皆さん是非上畠アートへ来てみてください。





2008年08月17日
所用で京都に出かけました。
京都といっても山の方から市内へ。
暑いと想って覚悟してましたが。なんとなく秋の気配でした。

高速道では帰省客が一斉に帰るようでSAも満員。

ところでこのお盆。
同級生や帰省された多くの方々に励ましのお言葉を頂きました。 
ふるさとを想う方々にとってはふるさとが元気になればそれはうれしい事。ふるさととは南砺市?旧町村?生まれ育った地域?いろいろ定義がありますが。もちろんあってあたり前ですが。

お盆の場合は校下かな?盆踊りがあって。会う日と会う人懐かしい会話が弾み。。。

小さなコミュニティーが大切で。最小のコミュニティが元気になるとその上の大きな地域の輪元が気になる。そして南砺市が元気になる。

そういうものですね。

お盆を過ごすと何となく懐かしい感じがしていいものですね。

今日砺波から娘の運転する車に初乗車。利賀までの道は自動車学校の教師と生徒の関係に。
「カーブを曲がるときは最初ブレーキ。曲がり始めたらアクセル!」
「左より過ぎ!」等々。

二人とも疲れてぐったりのドライブでした。あー疲れた!!





2008年7月23日
 今日も熱い日でした。八王子で又通り魔的な殺人事件が発生したようだ。京王八王子駅前の映像が流れていた。私は大学時代の2年間を八王子で過ごしていたので何となく懐かしい感じだった。クマザワ書店じゃなかったか?

 家族との関係が悪い。一番身近な人とのコミュニケーションがとれない。そんな人が増えている。今回もそのような事が原因のようなコメントが流れたが。。。。

 先日も中有学生の娘が父親を刺し殺した事件が起きたばかり。

 家族のコミュニケーション。親とのコミュニケーションがとれない生物はは虫類以下かもしれないなあ。動物はしっかりとした絆がある。

 さて当方はというと。

 新潟の分家として初めての葬儀も無事終了。
地元に戻っての葬儀だったのでいろいろ大変でしたが親戚の皆さんのご協力と暖かいお心で無事終了。親戚や家族の絆がさらに強くなったようだ。

 遠く離れている親戚の従兄弟や又従兄弟とはなかなか普段会う機会が無くなって来ている。以前のようにお盆に家族全員で帰省することも代が替わると少なくなる。しかし葬儀となると一族、家族が集まり最後の別れを惜しむと同時にそういった普段会わない人たちとの関係をより深くする機会でもある。

 故人の想いはというと、実はそんなところが一番大事なんではないだろうかと想う。

 そう考えると本当にいい葬儀だった。本家として葬儀を仕切りすごく感じた。あった事の無い又従兄弟にも会った。親戚だぞ。ルーツだぞと皆で写真に一緒におさまった。
 


2008年7月22日
 K紙朝刊に利賀フェスティバルが紹介されていた。広告欄には「利賀は今日も上機嫌」のコピーが。いいひびきだ。

 いよいよ利賀の夏本番。演劇の夏本番だ。

 田中は本日新潟から伯父さんのご遺体といっしょに砺波のセレモニーセンターへ。

 親戚だけのお通夜だった。ご冥福を改めてお祈りしつつ。

 親戚と行っても大所帯。祭壇は花と盛篭で一杯になった。故人の遺影も少し自慢げに見えた。


2008年7月21日
 以前から入院しておられた伯父さんが今朝亡くなられ、新潟へ。
高校卒業後京都へ、そして四国の製紙会社に勤務。若くして仕事中の事故で利き腕右腕切断。退職後一人娘夫婦の住む新潟県吉田町へ移住。

 ご夫婦共々利賀出身という事で地元で葬儀を執り行う事にしました。


2008年6月25日
 早朝より新潟市の「岩室温泉病院」へ新潟に住む祖父の弟さんのお見舞いに行って来た。10ヶ月前から入院をしておられる。79歳だが、ちょっと前まで四国に住んでおられ平成7年に新潟県吉田市の娘の家の隣に自宅を新築し、移られた。BMWを乗り回す伊達男だった。知的な方で会社では研究部門におられたらしく何でも知っておられた。

 病室に入ると目を疑った。やせこけて目は落ち込んだ顔は元気だった頃のイメージを思い出せないくらい。病気との激しい戦いが感じ取れる。声も出なかったと聞いたが我々ふるさとから行くと聞いて楽しみにしておられ、元気になっていたと奥さん。そのとおり水を飲んで話しかけると聞いていたよりは元気に対応された。遠くから来た我々を気遣う言葉は元気なときと変わらない。久しぶりに一緒に家に帰りたいとさえ。。

 笑い顔さえ出た。最近見た事の無い顔だそうだ。会いに来てよかったとおもった。

 介護、終末医療について様々な問題点はあるが、病院スタッフや奥さんの献身的な介護を受けられる人はまだ幸せだ。きれいな病院で、元気でさわやかなスタッフで。治る可能性の無い高齢者を施設で看る事は又、経済的にも大変な事だ。核家族化で今後も高齢者の在宅介護はなかなか難しい。この病院にいられる患者さんはまだ幸せだ。今後日本の大きな問題なんだなあ。身近なお年寄りの現状を見て感じた。


2008年4月26日
 利賀の桜も散り始めました。
スターフォレスト利賀の前の桜の下はピンクのきれいな花びらが舞っています。



さて今日はいい天気。家の前の田んぼも粗起し。



しかしながらそば祭り会場にはまだステージの残骸が残っています。



今日はやいばあちゃんの23回忌。ときばあちゃんの3回忌法要でした。
遠くからごく身近な親戚にお参りいただきました。
大変ご苦労された、又かわいがっていただいたばあちゃんの供養の日。
新しく兄弟の子ども等が加わって。。先祖のおかげで皆元気で生きています。





2008年03月21日
 本日朝九時半より利賀ふるさと財団理事会に出席。
 平成19年度は黒字計上の見通しに胸をなで下ろしました。決してお客は増えていない。スキー場も昨年より落ちている。しかしながら落ちている分人件費や修繕費で落として頑張って頂いた。少ない職員で良く回したと言う事だろう。

 理事の人事案件等も提案された。来年はさらに充実した年になりそうだ。

 午後実は今日娘の大学合格発表。ようやく我が家にも春がきました。
娘は第一志望で落ちているのでどうだか解りませんが、私たち家族にとっては第一志望に合格してもらいました。自慢の娘はよくがんばった。

 そしてハイテンションで全員協議会
 平成19年度予算除雪費等専決予定
 国民健康保険税条例の一部改正の件
 五箇山再生ビジョン
 組織再編について
 保育園審議会の答申について
 保育料徴収金額の階層区分の改正について
 
 最後に全協出席者の中から10名が3月31日を持って退職されます。お一人お一人大きな成果を上げた方々ばかり。一言づつお言葉を頂きました。35年から42年間町村職員として。さらに3年5ヶ月南砺市職員として激動の時代をしっかり頑張って頂きました。今後更なるご活躍をお祈りいたします。

 部長クラスの人事も発表になりました。大変お世話になった局長も福野庁舎の方へご異動されることになりました。

 夜は明日からのつばき祭りの準備でした。そば打ち行きます。


2008年01月21日
 朝刊にセンター試験の問題と模範解答が載っていた。
問題を見てみると高校時代をなかなか思い出せない年代になってしまったことを実感してしまう。難しい。
 我が家にも受験生がおります。試験の帰りの雰囲気を聞くと、冴えない顔が目に浮かんでいた。

が、しかし。

さすが私の子。点数も何おその。元気ではないか。
 久しぶりに一緒に昼食をと。開き直りと言おうか。ポジティブと言おうか。明るい性格と言おうか。とにかく父としてはほっとした。点数は冴えないらしが。。。。。

 私たちの時代とシステムがかなり変わっているが。センター試験はかなり重要で。この点数で近いうちに受験校を決定する。

 父としては出来ることはあまりない。送迎は妻が。私は神棚にお参りだけ。普段以上に神仏に頼ってしまうのです。

 とにかく一度リラックスして二次試験や後期試験に向けてがんばってほしいものだ。春は近い。

 これから毎年我が家は受験生を持つことに気がついた。来年は次女が高校受験。再来年は長男が大学受験となる。

 私の出来ることはというと、今度こそ早めに神社にお参りすることか?????

 夜、そば祭り実行委員会に出席。
2月9日、10日、11日は南砺利賀そば祭り。 


2008年01月03日
昨日の夜 本当に世話になった近所のおじいちゃんが亡くなった。
永く役場に勤められ、教育長もされた方でいろいろご指導頂いた方だった。ご冥福を心よりお祈りいたします。

 今日は少し暖かくなった。屋根の雪も落ちて家が軽そうに見える。
一気に降った雪はすぐに押さえつけられたように少なくなるのだが。明日から又寒くなるらしい。

 今年の抱負をいろいろ考える。様々な問題点もあるのだが。とにかくいろいろ。。。  早速明日よりいろいろ取り組みます。

 いろいろやりたい事はあるのだが。。。 いい初夢でも観よう。今日こそ。



 
 


2007年12月30日
山の生活で一番厳しいのが冬。雪の季節だ。
しかしながら昨年は暖冬で春先の水不足やら地球温暖化による様々な自然現象が起きている。今年も昨日までは暖冬で、道路の雪もほとんど無くなっていた。そこで暮らす人は楽になるんだろうが。雪が降らないのも様々な悪影響をおこすのだ。

今日の朝からようやく年末寒波によるまとまった雪が期待される。朝から正月の準備をしていたら、数キロ山から引いている消雪水が細くなった。
昨日まで勢い良く流れていたのに。いつもそうだ。雪が降りはじめると止まってしまう。

雪が少ないうちに山へ水を見に出掛けた。瞑想まで車で。そのあとは山道を歩いて。。。。

取水枡に砂と木の葉が溜まっていた。掃除して。
我が家は一番上。そこに水が来ないと下流の家にも水が行かない。
雪を溶かす為に一番重要な水の確保なのだ。

今日は朝から神棚の掃除、餅つき。何かと忙しい。

雪は明日までに50cm位積もるようだ。水は来てるだろうな?


2007年10月13日
年に数回のゴルフコンペ。今年は3回目。
それも難しいコース。GW。
スコアは聞かないでほしいが。

地元もコンペで賞品も地元のキノコ詰め合わせ。
これは家でも大好評でした。




2007年6月9日
午後富山市(旧婦中町)親戚の法要にお参りして来た。
大変お世話になったお父さんの三回忌法要。
その家の長男が先ほどフランス語の詩集「悪の華」の翻訳を出版したとのこと。驚きでした。

原本を読みコツコツと翻訳し出版したとのこと。男の趣味が。。

親戚から翻訳家誕生のニュースでした。


2007年4月28日


午後昨年3月に亡くなった祖母「とき」の一周忌法要に親戚の皆さんにお参り頂きました。



我が家のある上畠地域は瞑想の郷が建設された事をきっかけに住民一人一人が家の周辺、道路周辺に花を植えました。

とくに桃の花をたくさん植。いまではまさに桃源郷のようです。

5月4日は地域の春祭り。神明宮に獅子舞を奉納します。
桜、桃の花が咲き乱れる坂の集落を大獅子が練り歩く。住民の喜びと元気がみなぎる季節です。




2007年04月09日
今日息子の高校入学式でした。アパートから自転車で駅へ、そしてJRそして再び自転車での登校となります。
自転車が二台必要です。
今日自転車一台をT駅まで運び、ついでに入学式に出席。
平成20年で110周年となる伝統校。重々しい式はその学校の歴史を物語るものでした。

3年間でどれだけ苦労して得た物を引き出しに入れるか。回り道して、遠回りして得た物が多い程大きな人間になるのだと。いい言葉を頂きました。

ですから今日から一人の大男が家を出たのです。ふーばー(母)も二、三日孫のアパートへ行ってご飯を作るとか。二人もいなくなった今日の家は広ーい。

息子よ。おめでとう。がんばれ。



2007年3月3日


久しぶりに結婚式に出席しました。「節句の花嫁」は幸せになります。
親戚の結婚式で福野地域で生活しています。親、祖父母は利賀ですが。
末永くお幸せに!!


午前中利賀地域の生涯学習のイベント会場に行ってきました。
午後からはステージでの出し物があるのですが、事前に出品作品を観に。
我が家からもいくつか作品が出てました。
母、妻、息子、次女と出品していないのは私だけ。来年は何か考えよう。






2007年03月03日


今日は3月3日。ひなまつり。
女の子の節句です。
我が家も久しぶりに飾りました。お内裏さまとおひな様。




今日は親戚の結婚式に出席します。おめでたい日です。


2006年12月10日
 今日は綿貫代議士の後援会に参加予定だったが。親戚のおじいちゃんが亡くなり急遽欠席。お世話頂いた皆さんに感謝とお詫びを申し上げます。

 さて明日から12月議会は大詰め。今週は一般質問と常任委員会の予定。田中は火曜日に質問に立ちます。
 今回は南砺の教育力を活かし、伝統文化や郷土に誇りを持つ学習を取り入れる事により南砺の教育力を活かす教育を進める事を提案します。
 又不登校児童・生徒の対応について質問します。

 


2006年12月06日


大豆をすりつぶしみそ汁にしたもの。
ゴウ汁 呉汁 というそうだが。
大豆の香りが強く。とても健康的でおいしい。
私たちに取っては懐かしい味だ。

いつも隣の寺でお講があるとこのみそ汁が振る舞われた。
大豆の濃い味がいい。


2006年11月27日
 我が浄土真宗の在家では一番重要とされる行事が「報恩講」
親鸞(しんらん)聖人の徳に報います

 報恩講は浄土真宗門徒(信徒)にとって、一年中でもっとも大切で、親しみ深い行事です。浄土真宗の御教えを明らかにしてくださった宗祖・親鸞聖人の法要だからです。

 聖人は弘長2年(1262年)11月28日、90歳の生涯を京都でとじられました。そして聖人ののこされた徳をしのんで、毎月28日に門徒たちによって、お念仏の集まりが行われるようになりました。これがさらに大きく広がって、本願寺第三世の覚如上人によって法会(ほうえ)の基本となる形ができあがりました。

 そしてこの法会の集まりを「講」というようになりました。聖人のご恩に報い、お念仏を一層ありがたく味あわせていただこうということから「報恩講」と呼ばれるようになったのです。

 その報恩講で各家を住職と一緒にお参りした。昨日5軒、今日4軒。以前はそれぞれの家でお斉(とき)があり赤い御膳で郷土料理を食べたものだが我が地域では最近高齢化のために昼食と夕食のみ、それも赤御膳はほとんどなくなったが。最近は観光用に報恩講料理が振る舞われるが。



最近のコメント
カレンダー
2008年9月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30

プロフィール
 
人が好き。南砺が好き。企業・利賀村役場職員を経て現在南砺市議会議員。  46歳 市政・地域おこし・まちづくり・グリーンツーリズム・スキー・そば・ネパールなど様々な話題を提供します。南砺市利賀村で母、妻、長女(大1)、長男(高2)、次女(中3)家族。
作者名田中幹夫
メール案内


なんと-e.com概要なんと-eユビキタスネットワーク協議会とは
お問い合わせ各サービスのお申込み広告掲載についてプレスリリースリンクについて
利用規約個人情報の保護について免責事項ヘルプ
  Copyright (C) nanto-e. All Rights Reserved.